マーティ・フリードマンの最新アルバム『DRAMA(ドラマ-軌跡-)』は、彼がここ数作で突き詰めてきたハード&ヘヴィ路線から大きく舵を切り、メロディックな方向へ振り切った大胆なアルバムだ。ほぼ全編にわたって感涙を誘う旋律がふんだんに盛り込まれており、少なくとも日本人であれば、ギター・ミュージックに興味のないリスナーの琴線にも必ず触れるはず。ちなみに既に発売済みのヤング・ギター2024年6月号にはインタビュー、7月号には奏法記事が掲載されており、さらにYouTubeの本誌公式チャンネルではそれに連動した本人の実演映像も公開されている。既にアルバムを聴いた方々はより深く知るため、未聴の人はまず興味を持っていただくために、ぜひそれらにも触れてみていただきたい。
さて、さる6月5日、この『DRAMA』のリリースを記念する初ライヴが行なわれた。今回は1日2セット開催されたうちの、1stセットの模様をレポートさせていただこう。会場となったのは東京・丸の内のコットンクラブで、マーティの日本公演では既にお馴染みのディナーショウ形式。新作はバラード中心の内容なので、この形は特に合っているだろう…と思いきや、普段と同様のロックなマインドも忘れない、エモーションとアグレッションを絶妙に交差させたライヴになったのであった。
SEに導かれてマーティ以下、森丘直樹(g)、わかざえもん(b)、CHARGEEEEEE…(dr)というお馴染みのメンバーに、サポートの丸木美花(piano)を加えた5人編成のバンドが登場。ピアノの静謐なイントロから始まったのは新作からの「Deep End」で、アルバムで聴くよりもよりダイナミックに思えるのは、生の大音量だからだけではあるまい。タイトル通りにドラマティックに聴かせるその表現力は素晴らしく、同じ顔ぶれで長いツアーも経験したからか、一丸となる感覚が以前よりも大きく増したように思える。その中にあって、E-Bowを用いて尺八的に旋律を奏でるマーティの、えげつないほどコブシの効いたリードも一層映える。
そんな新作の楽曲に続いて始まったのは、1992年の2ndソロ・アルバム『SCENES』からの「Tibet」。ピアノだけをバックに演歌直系の旋律を奏でるマーティに、森丘のオクターヴ上のハーモニーも加わり、牧歌的な泣きを倍化させる。マーティが6月号掲載のインタビューで話していたことには、この2ndアルバムが新作の方向性に大きく影響を与えたとのことで、並べて披露されると確かに違和感は全くない。音楽の旅が32年かけて1周し、新天地へ誘ってくれるような…そんな感覚だ。メドレー形式で「Angel」へつながった後も、2本のギターの完璧なハーモニーが情感を煽る。
「せっかくだからこの会場でのうるさい記録を壊しましょうか」…そんな物騒なMCから始まったのは、“石川さゆりの”という枕詞をもはや必要としない、マーティのライヴでは既に定番中の定番となった「天城越え」だ。長年の演奏でこなれにこなれて、もはや原曲からかけ離れ純粋にヘヴィ・メタルの名曲として会場を揺らす(ピアノが加わったおかげで泣き成分が増強されているのもいい)。ブレイクでの「あまぎぃ~」のロング・チョーキングと派手なヴィブラートで、大きく喝采を引き出すのも見慣れた光景だ。
そこから盛り上がりを引き継ぎ、雪崩れ込むように「Tornado Of Souls」のミドル・パートへつながるという反則級メドレーに、歓声はさらに大きく膨れ上がる。もちろんマーティが初めてメガデスのレコーディングに加わった名作『RUST IN PEACE』(1990年)からの曲だが、ここで演じるのは7作目のソロ・アルバム『FUTURE ADDICT』(2008年)収録ヴァージョン。よりプログレ度の増したテクニカルなキメから、何故か森丘がいきなりソロを弾き始め、ステージ上で小競り合いが起こる…という茶番劇もお約束だ(笑)。そして改めてマーティ自身があの名ソロを弾き始めると、相も変わらず素晴らしい表現力で鳥肌を立たせてくれる。その後、間髪を容れず続いたいきものがかりの「風が吹いている」も、パンキッシュな激しさが加わった完全なマーティ節。随所で聴ける2本のギターのハーモニーも実に心地よい。
ハード・ナンバーの連発で会場をしっかりと温めた後は、再び新作を中心とするバラード中心のセクションへ。「A Prayer」の冒頭は歪みの全くない完全なクリーン・トーンで奏でられるが、あまりコンプレッサーを効かせているわけでもない飾り気のない音色を、ここまで完璧に隅々までコントロールし切るのは本当に驚異でしかない。続く新作からの「Illumination」、それに古謝美佐子の「童神(わらびがみ)」のカヴァーは、マーティが珍しく2ハムのテレキャスターを持ち、丸木のピアノと2人だけで披露するというスタイルで、よりシンプルな音像のおかげでさらに技の巧みさが浮き彫りになる。技…とは言ってもエクササイズ風のメカニカルなテクニックを指すわけではなく、いわゆるアーティキュレーションの方。10本の指を駆使し、ベンド、ヴィブラード、スライド、グリス…などで絶妙な強弱やつながりを作り出す様は、あたかもオペラ歌手が自身の声のみに集中しながら独唱しているかのようだ。最後の音を弾き終えると、その恐ろしいほどの表現力に会場中から驚嘆の拍手が贈られた。ちなみにマーティいわく、「Illumination」は生で披露するのが2回目、「童神」はこれが初めて。それでこの完成度の高さというのは…もうため息をつくしかない。
再び5人編成へ戻り、ショウは佳境へ。「Devil Take Tomorrow」もファンにお馴染みの定番曲で、マーティいわく日本や中国の曲の美味しい味を意識して作ったというスロー・ナンバーだ。筆者の個人的な話で申し訳ないが、この曲を聴くと脳にアルファ派が出るのか、ライヴ会場でもリラックスし過ぎて本当に眠くなってしまう(笑)。ただ中盤に突然飛び出す絶望的な展開部でハッとさせられ、終盤にかけての希望にあふれたメロディーで感動させられて…バラードなのに何故かジェットコースター的な体験をさせられるのが不思議だ。そうやって聴き手の感情を思いっ切り揺り動かした後は、ポップでハードなアレンジの「帰りたくなったよ」でスピード・アップ(1回のショウでいきものがかり2曲のセレクトはちょっと意外。マーティが改めて最近ハマっているのだろうか?)。終盤にはメンバー紹介コーナーでそれぞれの見せ場もしっかり作り、観客の顔に満面の笑みを浮かべさせながら本編を終えた。
「みなさんは僕らの友達だとずっとずっと思ってます」と謝辞を述べた後、アンコール曲として『WALL OF SOUND』(2017年)からの「For A Friend」が始まる。太く甘いクリーン・サウンドによる独奏から始まって、練り込まれた長いコード進行に沿って物語が進み、強烈なカタルシスを経て劇的にエンディングを迎える…というこの曲は、まさに最新作『DRAMA』でもテーマとしている音楽性をそのまま凝縮したかのようだ。先にも述べたように、彼はこの個性を1992年の2ndアルバムから…いや、さらにさかのぼれば’80年代のHAWAII時代から磨き続けている。つまり40年超の芸歴の中で熟成に熟成を重ねた泣きだからこそ、これほどまでに我々の心を打ち続けるのだろう。会場中から惜しみない賛辞を浴び続ける彼を目にしながら、そんな風に強く思わされた。彼がギターを弾く限り、その“ドラマ”は紡がれ続けるのである。
マーティ・フリードマン LIVE 2024 「DRAMA」 2024.6.5 1st set @ COTTON CLUB セットリスト
01. Deep End
02. Tibet
03. Angel
04. 天城越え
05. Tornado Of Souls
06. 風が吹いている
07. A Prayer
08. Illumination
09. 童神
10. Devil Take Tomorrow
11. 帰りたくなったよ
12. For A Friend