純粋な音楽的感動に満たされた一夜だった。スティーヴ・ハケットの約3年ぶり、通算10回目となるジャパン・ツアーは、7月2日に大阪からスタートし、同4日、EX THEATER ROPPONGIにて、東京での三夜連続公演の初日を迎えた。二部構成によるそのステージは、途中に設けられた25分間のインターヴァルを含めれば3時間に及ぶもの。そして演奏内容は、今回のツアーに掲げられている『ジェネシス リヴィジテッド 2025-「眩惑のブロードウェイ」&「フォックストロット」ハイライト+ソロ』という看板に偽りなく、ジェネシスの名盤『THE LAMB LIES DOWN ON BROADWAY』の登場から51年、ハケット自身のソロ活動開始から50年を経てきた現在なりの“進化と深化”を堪能できるものとなっていた。
ここまで読んだところで「ああ、まだ50年も生きていない自分には無関係な話だな」とか「ジェネシスのアルバムを聴きこんできた上級者じゃないと楽しめないんだよね?」などと感じている読者も少なからずいることだろう。ただ、そんな「公演会場に足を運ばない理由さがし」をする必要はない。この場で白状しておくと、筆者自身もジェネシスのディスコグラフィを隅々まで熟知しているわけではないし、それこそピーター・ガブリエルの奇異ないでたちのステージ写真を初めて音楽雑誌で目にした少年期には「深入りせずにおいたほうが良さそうな、変な人」という印象を抱かざるを得なかった。そのガブリエル在籍期最後の作品にあたる『THE LAMB LIES〜』についても、“コンセプチュアルな2枚組”という作品内容は当時中学生だった自分にはえらく敷居が高く縁遠いものに感じられ、実際に作品自体に向き合うのにも時間を要することになったものだった。
ただ、これはジェネシスの作品に限ったことではないが、のちにさまざまな音楽についての免疫ができてから“歴史上の作品”に触れた時に、「こんなに素晴らしいものを、何故これまで聴かずにいたんだ!」と自分を問い詰めたくなったことは、これまでに何度もあった。それは、たとえば幼少期に「苦いから嫌い」と遠ざけていたピーマンを「意外と美味しい」と思えた時のような感覚にどこか似ている気がしないでもない。こんな比喩をしていると話が横道に逸れていきそうなのでここで軌道修正しておくと、そんな筆者でも、この日のライヴには純粋な感動と、じわじわと湧き出てくるような興奮をおぼえたのだ。

誤解を恐れずに言えば、それは僕自身がジェネシスやハケットの音楽に対して、敬意こそあれ過度な思い入れを抱かずにきたからこそ起こり得たことだったのかもしれない。正直な話、今回の公演におけるメイン料理ともいうべき『THE LAMB LIES〜〜』についてはもちろんそれなりに聴いてきたが、その収録曲がライヴ演奏されているのを聴きながら「あ、ここが音源とは違う」といったチェック機能が働くほどの耳は持ち合わせていない。ただ、だからこそこの夜のライヴでは同作品の世界にすんなりと入り込むことができたし、細かな差異など気にすることなく没入感を味わうことができた。もちろんマニアにはマニアならではの愉しみというものがあるわけだが、自分のような底が浅めのプログレ・リスナーにも、細部まで知り尽くしていないからこその楽しみ方ができるのだ。実際、オーディエンスの年齢層は全体的にやや高めではあったが、若い世代の観客も少なくなかった。それは、生まれる前から存在していた音楽を深掘りする楽しさといったものが今の時代においても失われていないこと、ジェネシスの音楽、その本質的な部分を受け継いできたハケットの音楽が、そうした興味や好奇心をくすぐらずにおかないものであることを示唆していたようにも思う。
ここまでライヴそのものについて具体的なことをほとんど書かずにきたが、それはこの公演が、5日、6日にも同様に行なわれるからでもある。いや、もちろんセットリストをはじめとする詳細を把握したうえで観ても感動が損なわれるはずがないのはわかっているし、実際、リピーターが多い理由もそこにある。ただ、筆者としては「敢えて過度な準備をせずに観ることで味わえるもの」の大切さを、この夜に感じたのだ。
とはいえ一応コンサートの大まかな流れについてだけ説明しておくと、第一部は新旧のソロ作品からの楽曲のみで構成されており、ことにその幕開けは最新オリジナル作でありソロ第30作にあたる『THE CIRCUS AND THE NIGHTWHALE』からの楽曲の3連発という大胆なものだった。ただ、同作からの曲もあれば1975年の楽曲も登場するという時差のきわめて大きな選曲でありながら、そこに妙な音楽的ギャップが感じられることはなかった。それはハケット自身が“今”を生きていること、歴史的な楽曲たちの進化/深化がいまだに止まっていないことの証しだろう。そして、思う。プログレッシヴ・ロックというのは、「かつて進歩的・革新的とされていたもの」ではなく、こうして「進化し続けていくもの」であるべきなのではないか、と。
そして約1時間にわたる第一部終了後には25分間の転換が設けられ、その先には『THE LAMB LIES〜』を軸とする第二部が待ち受けている。同作品はトータル95分近い大作だけに、その全編が完全再現されるというわけではない。しかし前述のとおり、筆者は心地好い没入感を味わうことができたし、そうした経過ののちに披露された、同作以外の名盤からの楽曲にもすんなりとのめり込むことができた。また、ハケット自身はもとより、彼のソロ・キャリアに所縁の深い参加ミュージシャンたちによる演奏ぶりも、当然ながら文句のつけようもないものだった。その時間経過は「あっという間のように感じられた」というにはあまりにも情報量の多いものではあったが、少なくとも冗長さとは一切無縁だった。オーディエンスは基本的に“総立ち”とは真逆の状態にあったが、だからこそその場で純粋に音楽だけを共有できている感覚を味わうことができたし、クライマックスにおいてごく自然にスタンディング・オヴェーションが広がっていくさまも素敵だった。
そんな濃密な時間を提供してくれたハケット自身の御年75歳とは思えない若々しいたたずまい、何度も「アリガトウゴザイマス」と繰り返し、カンペを見ながら「マタ日本ニコラレテ嬉シイデス」などと口にするさまも印象に残った。そして前述のとおり、7月5日、6日にも、この夜と同様に東京・EX THEATER ROPPONGIでの公演が控えている。この機会を、長年の愛好家の皆さんのみならず、歴史を知らずにきた人たちにも逃して欲しくない。誰だって最初は初心者であり、初めての興奮を味わえるのはその特権でもあるのだから。
STEVE HACKETT GENESIS REVISITED 2025 概要
出演予定ラインナップ:
スティーヴ・ハケット(g, vo) Steve Hackett
ロジャー・キング(key) Roger King
クレイグ・ブランデル(dr) Craig Blundell
ロブ・タウンゼンド(sax, flute, key) Rob Townsend
ヨナス・レインゴールド (b, g) Jonas Reingold
ナッド・シルヴァン(vo)Nad Sylvan
アマンダ・レーマン(g, vo) Amanda Lehmann
大阪公演(終了)
日程:2025年7月2日(水)
会場:大阪 なんばHatch
開場 18:00 / 開演 19:00
詳細・お問い合わせ:キョードーインフォメーション
TEL 0570-200-888(11:00~18:00 日曜・祝日休業)
東京公演
日程:2025年7月4日(金/終了)・5日(土)・6日(日)
会場:東京 EX THEATER ROPPONGI
7月5日(土)・6日(日) 開場 16:00 / 開演 17:00
チケット料金(全席指定、ドリンク代別途):
前売 17,000円(税込)
詳細・お問い合わせ:チッタワークス
TEL 044-276-8841(平日12:00~13:00 / 15:00~18:00)
主催:CITTA’WORKS / bayfm78「POWER ROCK TODAY」(東京公演)
招聘・企画制作:CITTA’WORKS
協力:シンコーミュージック・エンタテイメント / MUSIC LIFE CLUB / ディスクユニオン / ワールド・ディスク
チケット一般発売
チケットぴあ (Pコード:292-902)
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公式インフォメーション
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