元祖プログレッシヴ・ロック・バンド:イエスの1972年発表『CLOSE TO THE EDGE』(邦題:『危機』)から50周年を記念して、同作の完全再現を中心とした“『危機』50周年記念ジャパンツアー”が9月上旬に開催された。毎度のことながらチケットは早々に完売。ここでは、最後の日程として追加された9月12日東京・渋谷公演の模様をお届けしよう。
※本記事の写真は9月5日に撮影されたものです。
場内が暗転すると、去る5月26日に逝去したドラマー:アラン・ホワイトに捧げる追悼映像が始まる。拍手の後、沈黙…しばし、在りし日の彼を偲ぶこととなった。程なくしてスティーヴ・ハウ(g)を先頭にメンバーが現れ、「On The Silent Wings Of Freedom」から本編がスタート。この曲は本ツアーにおいて、1978年『TORMATO』リリース当時以来のライヴ披露となった。続いては「Yours Is No Disgrace」(1971年『THE YES ALBUM』収録)。スティーヴのギターが指板上を縦横無尽に駆け巡るフレーズをこれでもかと叩き出し、演奏の勢いに拍車をかけていく。そのテクニックは、健在というかますます光っているのが驚きだ。
「今のは私がバンド加入したての頃の曲だったが、今度はジェフ・ダウンズ(key)がレコーディングに(初めて)参加した時のアルバムからだ」…そんなスティーヴのアナウンスと共に、グルーヴィな「Does It Really Happen?」(1980年『DRAMA』収録)が続く。アラン亡き今、バンドの初期重要作に貢献したメンバーはもはやこの2人のみとなってしまったが、後任メンバーたちがしっかりと伝統を受け継いでいる。何よりジョン・デイヴィソン(vo)のハイ・トーン・ヴォーカルが、一聴して納得できるジョン・アンダーソン時代の質感を持っており、故クリス・スクワイアの重役を担うビリー・シャーウッド(b)も、主張の激しいリード・フレーズを存在感たっぷりにプレイ。ステージをゆったりと歩く様子にも、ふとクリスを思わせる瞬間があった。もちろん、アラン・ホワイトのサポートで度々バンドに帯同してきたジェイ・シェレンのドラミングも同様だ。アラン譲りのパワフルさと安定のリズム感で、複雑な楽曲の数々を楽しそうにこなしていく。こうした現在のラインナップ全員が制作に関わったのが、現時点での最新作『THE QUEST』(2021年)。そこからアップ・テンポな「The Ice Bridge」が披露され、客席からは過去レパートリーと全く遜色のない大拍手が送られた。
さて、スティーヴが椅子に腰掛けて他のメンバーが一旦退場すると、アコースティック・ギター・コーナーの始まりだ。この追加公演では少し特別な選曲が用意されており、他の会場でも演奏された「To Be Over」の見事なソロ・ギター・アレンジに続いて「Leaves Of Green」をプレイ。『TALES FROM TOPOGRAPHIC OCEAN』(1973年)の「The Ancient」終盤セクションにあたる、不穏な響きを伴ったアコースティック・ギターの旋律は実に美しかった。途中でジョンとビリーも現れ、歌パートを再現。さらにジェフ・ダウンズのソロ・ タイムも、バグルス「Video Killed The Radio Star」(1980年)のセルフ・カヴァーという特別仕様だ。エイジアの公演にてバンド演奏されていたのが近年の定番だが、今回は原曲のミュージック・ビデオの映像をバックにジェフが1人でステージに立ち、ちょっと哀愁を誘うインストゥルメンタル・アレンジに仕上げていたのが印象的だった。
そしていよいよ本題へ…もはや説明不要、プログレッシヴ・ロック界に名を残した『CLOSE TO THE EDGE』の完全再現だ。発表は今からほぼ50年前の1972年9月13日。2014年の来日公演でも、本作を含む’70年代のアルバム複数作品の再現公演が(アラン、クリス在籍時のラインナップで)行なわれていたが、なんと今回の方が遥かに引き締まった印象で驚いた。
改めて振り返っても凄い曲だ。「Close To The Edge」冒頭から、すべての楽器パートが主張しつつも絶妙な均衡を保ったインスト・セクションに、ファンタジックな歌詞を乗せたヴォーカル・パート。「And You And I」でも顕著な、同じモチーフを無限に展開するアイデア力と実行力(=テクニック)。リズムが複雑なのに歌えてノレる「Siberian Khatru」のキャッチーなグルーヴ…。ビル・ブルフォードやクリスのスタイルをしっかりと吸収した後任メンバーの頑張りはもちろんだが、若さみなぎる20代の頃に彼ら自身「頂点を極めた」と言わしめる本作を、50年後にここまでエネルギッシュに再現できるものなのか?
改めて御年75歳のスティーヴ・ハウにスポットを当てれば、先述の通りとにかく元気で演奏のキレが良い。フル・ピッキングの弾きまくりは、オクターヴ違いの同じフレーズも左手の素早い移動でシームレスに繋いでいく。機材システムは近年と変わりないようで、セット全体を通して、おなじみのギブソン“ES-175D”をメインとしながら曲によってギターを持ち替え(ポルトガル製の12弦ギターも!)、スタンドに立てられたLine 6の“Variax”でセクションごとに音色を変えたりと、多彩な使い分けで楽曲に貢献していた。“危機”再現では時折挟まれるラップ・スティールのメロディーも見もの・聴きもので、心の中で一緒に口ずさんだファンも多かったことだろう。
しかも、出番が済んだラップ・スティールは足蹴にして片付けたり、突然メンバーに駆け寄ったり、ギターを構えたまま上半身を逆さまにして弾いてみたり…と、アグレッシヴかつ“読めない動き”を見せることも(笑/実はこれが楽しみだったりして…)。眼光鋭く客席を見渡し、時には右手を指揮者のように動かしながら、アンサンブルを牽引する彼の存在はまさに生ける伝説そのものだった。
何もかもが最高級の満足度に満ちていた、来日ツアーの最終公演。アンコールで総立ちの観客を前にこの日最大の盛り上がりをみせた「Roundabout」、そして広大なスケール感の「Starship Trooper」をもって、ショウは幕を閉じた。「またすぐに会おう!」スティーヴ・ハウのその言葉を信じて、未来の日本公演を心待ちにしたい!
イエス『危機』50周年記念ジャパンツアー@渋谷Bunkamura オーチャードホール 2022.9.12 セットリスト
1. On The Silent Wings Of Freedom
2. Yours Is No Disgrace
3. Does It Really Happen?
4. Wonderous Stories
5. The Ice Bridge
6. To Be Over(Steve Howe solo)
7. Leaves Of Green(Steve Howe solo)
8. Video Killed The Radio Star(BUGGLES cover/Geoff Downes solo)
9. Close To The Edge
10. And You And I
11. Siberian Kahtru
[encore]
12. Roundabout
13. Starship Trooper