Fender Custom Shop×YG Night Clinic イベント・レポート

Fender Custom Shop×YG Night Clinic イベント・レポート

去る9月26日、今年で創立30周年を迎えたフェンダー・カスタム・ショップ(以下FCS)とYG編集部企画のコラボレーション・イベントが都内某所にて催された。近年は“Fender Custom Shop Road Show”と銘打ち、マスター・ビルダーによるトークやギター製作のデモンストレーションをフィーチュアしたクリニックを世界各地で行なっているFCSだが、今回はその一環としてマスター・ビルダーにポール・ウォーラー氏とジェイソン・スミス氏を立てて東南アジア各国を転戦。23日から25日に掛けては都内楽器店でのクリニックを開催し、日本滞在最終日となる26日に、前述したYG編集部とのスペシャルなコラボ・イベントが実現したのである。

平日の夜ながらマスター・ビルダーによる匠の技を間近に体験したいと会場へ訪れた熱心なギター・ファン30名を前に、イベントはFCSでカスタムショップ・セールスを務めるマイク・ギーガン氏の挨拶からスタート。続いて、ポール・ウォーラー氏が登壇すると、トークもそぞろに早速目の前に置かれたパーツ状態のローズウッド・テレのセットアップに入る。セットアップは大きく分けて[ピックアップやブリッジなどのボディーへの取り付け]→[ネックのボディーへの取り付け]→[弦を張って弦高などを調整]の手順で進められたが、この中でとりわけイベント参加者を驚かせたのが、[ネックのボディーへの取り付け]の工程だろう。木材の加工はあらかじめ済んでいたが、慎重にネック・エンドをボディーのネック・ポケットにセットするや、おもむろにネジ留め前のネックをリフト・アップ。すると、約4キロほどのボディーがしっかりとネックにジョイントされたまま、地面と並行に腹の高さまで持ち上げられたのだ! いかにジョイント部分の木工処理がタイトに加工されているかを証明していると言えるが、その光景はあたかもある種のマジックを見ているようであった。

また、その後の工程で興味深かったのが、ウォーラー氏流のネック調整術。フェンダーでは製品の工場出荷時に基準となるセッティング(弦高やピックアップの高さなど)が決められているのだが、マスター・ビルダーはその限りにあらず。具体的には、ウォーラー氏のそれは規定のネック調整値よりも敢えて逆反り気味にセットし、弦を張ったときに弦と指板が並行に近くなるようにしているという。そういったセッティングの場合、ギターは比較的高域が煌びやかなサウンドになる傾向があるのだが、事実、セッティング終了後にプロダクト・スペシャリストのジャスティン・スチュワート氏が行なったデモ演奏でも、ウォーラー氏製作によるテレキャスターのサウンドはジャキンとした高域が心地好い、フェンダー・ギターならではの極上のシングルコイル・トーンを創出していた点を特筆しておきたい。

そして、次に登壇したのはもう1人のマスター・ビルダー、ジェイソン・スミス氏。冒頭でウォーラー氏も使用していたFCS監修のツール・キットに関する説明をしたのち、当キットを使って自身が製作したローズウッド・ネック&アッシュ・ボディー仕様のストラトキャスターの最終調整を行なっていく。弦高調整を済ませたら、続いてピックアップの高さ調整へ…。それぞれ至ってシンプルな作業ながら、その流儀はウォーラー氏のそれとは明らかに異なっており、ここにも各マスター・ビルダーの個性が現れていた。

そんな中で我が耳を疑った場面が1つ。ピックアップの高さ調整について彼は、「ストラトのピックアップは基本的に3つ共同じ高さにセッティングしている」と語ったのである。FCS内でピックアップがハンド・ワウンドされる段階で、ある程度の出力のキャリブレーションは為されていると推察されるものの、それでも搭載ポジションごとの弦振動の差は少なくなく、当然それは出力にも影響する。しかし、「その出力差こそがストラト・サウンドの醍醐味」というのがスミス氏の考えなのだろう。ウォーラー氏のテレ同様、セッティング後に行なわれたスチュワート氏による当該ストラトのデモ演奏では、ピックアップ・ポジションごとの丁寧な実演が行なわれ、それぞれのトーン及びゲインの明確な違いを堪能することができた。

さらにもう1つ、スミス氏製作ストラトについてとりわけ印象的だったのが、そこから発せられるサウンドの太さだ。あくまで中域から低域に掛けてのコシの強さを重視したかのようなセッティングは、ある意味ウォーラー氏のそれとは真逆の方向性とも言え、ここにもビルダーごとの嗜好性が垣間見られたのが興味深かった。

さて、ここまでで既に90分超。残り時間も少ない中、続いては簡単な質疑応答が行なわれ、最後はFCSにまつわるクイズと連動したプレゼント企画が実施。優勝者にはアビゲイル・イバラ女史のハンド・ワウンド・ピックアップが送られ、その他の上位数名にもTシャツやキャップなどのFCSグッズがプレゼントされて、約2時間に及んだイベントは大団円を迎えた。

おそらく、一般のユーザーがマスター・ビルダーにギター製作を依頼する際は、「自分の好きな著名ギタリストのギターを手掛けているから」という理由で特定のビルダーを指名することが多いだろう。もちろん、それも間違いではない。だが、そこにある程度「このビルダーはこういう嗜好性を持っている」という認識を持ち、「自分の嗜好性に近いから」という理由でそのビルダーに製作を委ねるというのも、理想のギターを手に入れる近道の1つと言える。そして、そのためにもまずは、各ビルダーのキャラクターを知る機会を持つのは非常に有意義なことだ。そんな機会を与えてくれるFCSのイベント、これからも継続的な開催を期待したい。

フェンダー・カスタム・ショップの面々。左からジェイソン・スミス氏、マイク・ギーガン氏、ポール・ウォーラー氏、ジャスティン・スチュワート氏。
ピックアップを自身製作のテレキャスターに組み込むウォーラー氏。その作業1つ1つが慎重かつ丁寧に行なわれている。
完成したウォーラー氏製作のテレキャスターを試奏するスチュワート氏。ピックアップ・ポジションを変えながら、そのトーンに適したフレーズを紡ぎ出す。
フェンダー・カスタム・ショップ監修のツール・キットを使って弦高を測っているスミス氏。その調整法は各マスター・ビルダーに委ねられている。
スミス氏製作のストラトもスチュワート氏が試奏。図太いサウンドと、ピックアップ・ポジションごとの明確なトーンの違いが印象的だった。