レポート:島村楽器創業50周年企画 ポール・ギルバート ギター・クリニック・ツアー

レポート:島村楽器創業50周年企画 ポール・ギルバート ギター・クリニック・ツアー

去る11月下旬、今年で創業50周年を迎えた島村楽器主催のイベントの一環として、ポール・ギルバートのギター・クリニック・ツアーが川崎・神戸・広島・仙台において開催された。ここでは、初日となる11月21日(水)に行なわれた、神奈川県・川崎セルビアンナイトでの模様をお伝えしよう。

いきなり新作からの楽曲…ではなく、ZZトップの「Cheap Sunglasses」のデモンストレーション演奏からスタートしたクリニック。ポールからの最初のレクチャーは、練習の土台となるビートについてだった。これがかなり重要で、メトロノーム代わりに左足(ギターを置いていない方の足)で「1、2、3、4」と床を踏み鳴らして拍をとるというシンプルなものだが、実際にやってみると非常に効果的だ。そして、過去のクリニックではバックトラックを使う事もあったが、今回の楽器はギター、ヴォーカル、足の3つ。外部のリズムに合わせるのではなく、先述したポールの足がキック・ドラムの代わりになり、グルーヴを生み出していた。デモに限らず、例えば「シ」と「ド」の2音を弾くピッキング・エクササイズの実演場面でも、ただ「シドシドシドシド…♪」と弾いて行くだけなのに、ポールが足を鳴らしながら弾くと、まるで何かの曲の一部に聴こえて面白い。

コードに関する解説も興味深い。例えば、新作の1曲目となる「Enemies (In Jail)」をデモンストレーションとしてプレイしたのだが、あるセクションまで来ると弾く手を止めて「ほら、ここのコードなんだけど…これはビリー・ジョエルの曲から拝借したんだ」と、突然アイデアの素となった曲を弾き語りし始めた。「その曲を好きになったらギターで弾けるようになるまで満足しない!」というポール。その好奇心と勉強熱心さは尊敬することしきりだ。その後も、お気に入りのマイナー7♭5コードについて話す際は「イングヴェイの『You Don’t Remember, I’ll Never Forget』を静かに弾くとイーグルスの『I Can’t Tell You Why』になるんだよ」などと、必ず楽曲をプレイして解説を付けてくれるので、より実践的で理解が深まる。「MR.BIGの曲作りの時だって、僕らは譜面を書いた事はない。いつもお互いに参考となる曲名を挙げて、プレイしたり話し合ったりするんだ

また、レクチャーの合間には愛用のシグネチュア機材となるギター“Fireman”やコンパクト・ペダルの“Airplane Flanger”が紹介された。この日ポールが演奏していたのは、今やファンにはすっかりおなじみとなったシグネチュア・ギター“Fireman”シリーズの最新モデル“FRM100GB”だ。チェリー・レッドと限定カラーのマスタード・イエローの2色がラインナップされているが、「赤はエネルギー、黄色には‘学習’のイメージがある」との事から、当クリニックでは後者のマスタード・イエローを使用していた。

スペックの面では、長年様々なアイバニーズのギターを弾き続けるうち、良い音が出るギターはネック・ジョイント部が分厚い事を発見したそうで、“Fireman”のジョイントにもそれが反映されているとの事。また、ヴィブラートの音が好きだという理由でフレットは一番背の高い物を採用したそうだ。この他、“Airplane Flanger”は非常に個性的なフランジャーで、いわゆる飛行機の音、グシャグシャした飛び道具的な効果音、そしてトーク・ボックス風の音など、多彩な表現力を見せてくれた。

1時間半という限られた時間の中で、今回通訳を務めたのは同じアイバニーズのエンドース・ギタリスト、津本幸司であった。国際的に活躍するギター講師として名高い津本の的確な翻訳がポールの言葉に音楽的な解説を補足し、テンポ良くスムーズな司会進行に大きく貢献していたのも良かった。

9月にリリースされた最新ソロ・アルバム『VIBRATO』は’70年代ロックやジャズの要素がふんだんに取り込まれた音楽スタイルが中心だが、制作の段階でキーワードとなっていたのは「インテンション(意志、意図)」。本誌YGのインタビューでポールは、これまでのような単なる指の動きではなく、自分の心から出てくる音楽に従ってギターをプレイした…と語っている。また現在、世界中の生徒達とレッスンを行なうオンライン・スクール(online ROCK GUITAR SCHOOL with Paul Gilbert)を開講中でもあるポール。シュレッド・プレイもチラリと観せてくれたものの、かつてのような弾きまくりを期待していたファンには物足りなかったかもしれない。しかし、今挙げたような意識や環境の変化がもたらした別次元のアルバムが生まれた結果として、ポールの「今」をアウトプットしたレクチャーだったといえる。

最後に「音楽を弾くのは世界で一番素晴らしい事だから、ずっと弾き続けてほしい」とのメッセージでクリニックは締めくくられた。年明けの1月には、久々にソロ・バンドとして来日ツアーが決定している。こちらも心待ちにしたい。

(レポート●ヤング・ギター編集部)