ドイツでMetal Battle決勝に臨む日本代表PARAMENAを紹介!

ドイツでMetal Battle決勝に臨む日本代表PARAMENAを紹介!

メタル・バトル ロゴ

毎年ドイツの巨大メタル・フェス“Wacken Open Air”で開催されている新人発掘バンド・コンテスト“W:O:A Metal Battle”。世界約30ヵ国の新鋭・精鋭バンドが激突するその現地決勝ラウンドに、本年度は驚異の30弦バンド:PARAMENAが日本代表として挑む。

トリプル8弦ギターに6弦ベースという前代未聞の超多弦編成で、ヤング・ギターとしても大注目のPARAMENA。現ラインナップはyu-to(vo)、皇(g)、Saya(g)、zima(g)、フータ(b)、Shunya(dr)で、何と結成からまだ1年とちょっと…という、文字通りのニューカマーだ。活動コンセプトとして、“ジェント・ニュー・スタンダードの提示”を掲げる彼等の基本情報、そして、気になるギタリスト3名それぞれのバイオグラフィを、渡独挑戦前にまずはここにお伝えしよう…!!

パラメナ グループ写真

PARAMENA基本情報:yu-toインタビュー

yu-to

YG:まずは、バンド結成の経緯から教えてください。

yu-to:元々、僕と皇、フータが在籍する5人組メタルコア・バンド:BURN WOUNDがあって、バンドを再編成することになったので、2022年3月から水面下でメンバーを募集し始めたのがキッカケです。現在の体制になったのは2023年3月で、そこからPARAMENAとして活動を開始しました。バンド名は僕が考えた造語に由来し、超常現象を意味する“paranormal phenomena”の“para”と“mena”をくっ付けたんです。

YG:当初に目指した音楽性は?

yu-to:メイン・コンポーザーである皇の意向に沿った、ジェント、サール系です。始動1年を経て、変拍子やテンポ・チェンジの多い中でも、ノリ易さを少し取り入れる傾向が増えてきたかな?…と、今では思っていますが。

YG:PARAMENAの音楽をひと言で表すとしたら?

yu-to:“ジェント極道”ですね。日本最低なのでは…という、身体に響くロー・チューニングと不規則なチャグ、さらに、技巧派ギター・ソロで畳み掛ける音楽であることがその理由です。

YG:トリプル8弦という編成は、当初からの計画だったのでしょうか?

yu-to:元々、(前身バンドで)皇が8弦ギター、フータが6弦を弾いていて、あと8弦を2人入れたら(合計)30弦じゃないですか? それで、30弦バンドなんて覚え易いし、面白いので、当初からそのつもりで計画していました。

YG:ギタリスト3人には、それぞれに役割がありますか?

yu-to:明確な役割分担はありません。ただ、リードはSaya、zimaが担当していることが多いですね。 皇はチャグのキレが良いので主にバッキングを担当していて、パフォーマンス担当でもありますが、最近はハモりパートを弾くことも少なくありません。

YG:これまでに発表した作品、楽曲を教えてください。

yu-to:2024年6月現在、4つのシングルと3つのMVをリリースしています。 フィジカル(CD-R)は会場限定で『BEYOND THE ARKLIGHTS feat.MASAToooN!』(2023年)を販売していましたが、先日、完売しました。もしかしたら今後、増版するかもしれません。

INFO

PARAMENA楽曲は
公式YouTubeチャンネル @jpnDjentThallPARAMENA、各種サブスクにて公開中。

YG:そもそも“W:O:A Metal Battle”に応募したキッカケは? それ以前から“Wacken Open Air”というメタル・フェスのことは知っていましたか?

yu-to:応募のキッカケは、僕がバンドにエントリーを提案したことで、メンバー全員の満場一致で挑戦することになりました。“Wacken Open Air”のことはかなり昔から知っていて、“世界的なメタルの祭典”といったイメージは持っていました。近年、“Metal Battle”で日本勢の優勝が続いていて注目度も上がっていたので、おこがましいのですが──“Wacken Open Air”のことは、自分達の考えるメタルを世界にぶつけられるチャンスを与えてくれる存在だと捉えています。

YG:国内予選“Metal Battle Japan”で優勝が決まった時の第一声は?

yu-to:第一声は、正直なところハッキリと憶えていないんですよ。ただ、メンバー全員が歓喜の表情だったこと、また、周りのみんなが祝福してくれたことが、一番記憶に残っています。勿論、様々に準備万端でコンテストに臨み、日本代表になる自信満々で(コンテスト決勝)当日を迎えました!

YG:現在、ドイツ渡航に向けてクラウドファンディングのキャンペーンを行なっているそうですね?

yu-to:はい。是非、ウェブページを参照ください。バンド始動から1年と少しでキャリアが浅く、まだファン・ベースもしっかり築けていない中で、6人組とメンバーが多いのもあり、目標金額は非常に高いです。だから、支援してくださるおひとりおひとりが、金額にかかわらず本当に有難いですし、支援額に見合ったリターンも沢山考えて準備しています。「気になる!」という方は、ご支援頂けると嬉しいです!

YG:最後に、“W:O:A Metal Battle”参戦&“Wacken Open Air”出演への抱負を…!!

yu-to:恐らくバンド始動から史上最速での出演なのではないでしょうか? だったら、史上最速で優勝もかっさらい、日本勢3連覇という良いニュースが報告出来るよう、ドイツではトップだけ目指して頑張ります!!

トリプル8弦ギタリスト紹介

Saya

皇

ギターを始めた年齢とキッカケ

ギターは、自分でローンが組めるようになった瞬間──つまり20歳の誕生日に始めました。

ギター習得はどのようにして?

誰も教えてくれなかったので、ひとりでチューニングの基礎だけYoutubeを観て学びました。あとはずっと開放弦を鳴らして遊んでました。

影響を受けたギタリスト

abstractsのLinさん、ソロ・アーティストのRipalさん、DEXCOREのYumetoさんです。

最初に手に入れたギター

レガター・ギターズ“GF7P”の島村楽器限定モデルです。

初めてコピーした曲

abstractsの「Twilight」です。ジャンルは元々氷結系ジェントばかり追っていて、その後にELYSIUMやREFRECTIONS等の低音系ジェントにハマり、今の方向性となりました。

技巧派を目指したキッカケ

自分はそこまで技巧派ってワケではなく、基本をスッ飛ばして、チューニングの基礎と開放弦ばかりを弾き続けた人間なので、0フレットばかり弾いてたら今のスタイルになりました。

多弦ギターを手にしたキッカケ

初めてのギターが7弦でした。理由は、見た目が良かったからです。

現在のメイン機材

ギターはアリスティディス“080S”で、エフェクターはNural DSP“Quad Cortex”を使ってます。

PARAMENA加入以前の活動

北海道でブログレッシヴ・メタルコア・バンドのDξLTΔHξDRΔ(デルタヒュードラ)を組んでいて 、同バンド解散後、皇としてのソロ・プロジェクトを経て、PARAMENAの前身バンドであるBURN WOUNDに加入しました。

PARAMENA加入のキッカケ

メンバー募集サイトにて知り合って、2021年の夏頃に(BURN WOUNDに)加入しました。トリプル・ギター編成については、(BURN WOUNDの)元々のジャンルがメタルコア系で、他のバンドと同じってのが凄く嫌だったのと、その当時、Sailing Before The Windのトリプル・ギターの動画があって、「これカッケェじゃん!?」ってなって、興味を持ちました。

現トリプル・ギター編成の中での自分の役割

動きやファンサ、ヴィジュアルの担当ですかね。早弾きは苦手なので、その分お客さんに目線を向けれたら…と思ってます。ファンサの鬼やらせてもろてます〜!

“Wacken Open Air”フェスについて

全く知らなくて、自分のようなまだまだ知名度もない人間が出れるようなフェスじゃない…って、勝手に思ってました。“Metal Battle Japan”に応募したのも半分ダメ元で、自分の作った曲は今まで全く認められてこなかったので、日本代表になれて本当に感謝しかないです。

“W:O:A Metal Battle”参戦&“Wacken Open Air”出演へ向けてひと言!

勝つ! 世界に皇ジェントの名前を轟かせる!!

zima

zima

ギターを始めた年齢とキッカケ

14歳、中2の冬から春でした。地元の親友が兄貴からベースをもらったと知り、思春期の僕は衝撃を受け過ぎて「これは僕も始めるしかない」と思い、ギターを始めることにしました。

ギター習得はどのようにして?

レッスンなどは受けておらず、今まで通してほぼ独学です。

早めに習えば良かったとも思いますし、なんなら今も習いたいくらいですが。ただ、練習は昔から大好きで、曲のコピーや、基礎練を毎日続けるのは全く苦ではありません。

影響を受けたギタリスト

まず、LUNA SEAのSUGIZOさん。僕の最初のギター・ヒーローです。世代的に復活直後に知ったんですけどね。それから、元Janne Da Arcのyouさん。Janneは人生通して見ると一番好きなバンドで、一番コピーさせてもらったのがyouさんのフレーズなんです。そして、ヴェイル・オブ・マヤのマーク・オークボさん。どうやって弾いているのか分からないリフ、刻みのタイトさ、音作り──すべてが好きです。

最初に手に入れたギター

PhotogenicのSTシェイプです。お婆ちゃんに買ってもらいました。まだ実家で眠っています。 このまま眠り続けるのでしょう。

初めてコピーした曲

Janne Da Arcの「HEAVEN」だったと思います。初心者でも挑戦出来る難易度かつ、Janne Da Arcを弾ける喜びに興奮したのを憶えています。

技巧派を目指したキッカケ

テクいV系が好きで、いま思えば最初からテク思考だったんだと思います。従姉妹や親友の影響で、ヴィジュアル系から音楽に入り、特にテクニカルなヴィジュアル系が大好きだったんで、そこからさらに深堀りしていったら、いつの間にか立派なメタラーになってました。目指すギタリストも必然的に、ヴィジュアル系のアーティストから超絶技巧のメタル・ギタリストに変わっていきましたね。今も昔も、大好物は“弾ける気がしない曲”でして、それをコツコツ練習するのが大好きなんです。

多弦ギターを手にしたキッカケ

元々メタラーでしたので、勿論7弦に興味はあったのですが、当時は今よりもずっと、メジャーな楽器ではなかったと思うので、なかなか手にすることがなかったんですよね。でも、地元のリサイクル・ショップでシェクターの7弦が5万円ぐらいで売っていて、ひと目惚れして買いました。当時は20万くらいで購入したPRSも持っていたのですが、シェクターを手に入れてからは、ずっとその7弦を弾いてましたね。7弦ギターこそ史上最強の兵器だと思っていましたので!

現在のメイン機材

PARAMENAで使っているのは、地元山梨の楽器製作所“RMI”のギター・ビルダー:Ruina Miyashiroさんが作られたLotusという8弦ギターで、元々抹茶ラテ・カラーというお洒落な楽器だったのを、僕の趣味で黒金に塗り替えてもらいました。見た目、サウンド、精度、まじで鬼のように気に入っております。ヘッドレスなのにヘッドがあるという、めちゃくちゃ素敵な矛盾に満ちたカッコいいギターです。地元で生まれたというのも個人的にアツい!!

エフェクター類は皇くんに勧められて、“Quad Cortex”イッパツです。音作りとかよりも弾くことが大好きなので、僕としてはめちゃくちゃ持て余してる感じはするのですが、ライヴにもコンパクトに持ち運べるし、RECもサクッと良い音で出来るので気に入ってますね。

PARAMENA加入以前の活動

10年以上前は、DON’T FALL BACK SLEEP AGAINというスクリーモのバンドを学生時代の同期とやっていました。Pay money To my Painとかが大好きなメンバーが多く、楽曲も似た傾向にあったと思います。そのバンドが解散したあとは、社会人をやりながらJUST SHAKE JUSTというロック・バンドで数年間活動しておりましたが、ヴォーカルが謎の失踪を遂げて──現在は見つかっています──解散しまして。

当時は山梨県で社会人をやりながら、夜もバイトをやって、週末になると東京へ車で行ってバンド活動をする…という鬼のように寝ていない生活をしていました。でも、いま思えば楽しかったし超青春でした。この時期にモノ凄く体力が付いた気がします。そう…ワタクシ、PARAMENAに入るまで、メタルはコピー・バンドでしかやったことなかったんです!

PARAMENA加入のキッカケ

フータくんが同郷のスーパー・ベーシストということで、元々僕の方が一方的に知っており、彼のバンド(BURN WOUNDの)がメン募をかけていたので、曲を聴いてみたら「これやりたい!」となりまして。超絶技巧バンドへの応募はどんな会社との面接よりも緊張しましたが、めちゃくちゃ接しやすいメンバーばかりでしたので、ありがたかったです。その後、スタジオで試しに合わせて、すぐに「是非とも入ってもらいたい」と連絡をもらった時は嬉しかったなぁ。「8弦が3人…!?」とは驚いたものの、コンセプトも面白いし、メンバーは最高だし、「これはイケる!!」と思いましたね。

トリプル・ギター編成の中で自分の役割

正直、全員が主役級なので、僕の役割は、その主役級の全員と肩を並べて弾くことです。

“Wacken Open Air”フェスについて

勿論、知っていました! 世界各国の最強メタル・バンドが集まる夢のような祭典だと思っています。過酷な環境とも聞いておりますので、それもまたメタル!(笑)

“W:O:A Metal Battle”参戦&“Wacken Open Air”出演へ向けてひと言!

個人的には、昨年優勝したファントム・エクスカリバーとは10年以上前、(前身の)ファントム・エックス時代に対バンしており、彼等がWackenで優勝したと聞いた時は、「とてつもなく差が開いてしまったな…」と思っておりました。

そんな僕が、PARAMENAに加入してたったの1年ちょっとで、信じがたいことに、“Metal Battle”決勝への切符を手にさせ頂くことができ、本当にありがたいです。誰もが欲しがるこの機会を頂いたのなら、世界一になるべく修行を続け、ベストを尽くすのみ!! みなさまに良い報告が出来るように研鑽し続けます。

Saya

Saya

ギターを始めた年齢とキッカケ

初めてギターを触ったのは、父親が所持していたクラシック・ギターで、小6の時とかだったと思います。1日だけ触ってやめたレベルですが…。その後、中学校に上がり、不登校になってしまったのですが、この最悪な人生を変えたい…と前向きに考えた時に、何かひとつ極めることが出来たら「それで生きていける」と思って、ギターを始めました。それが不登校真っ最中だった中2の頃で、父親が昔使っていた愛用のギターをもらって、練習していました。

ギター習得はどのようにして?

始めたての時は父親に「ギターを教えて!」と頼みました。それまで、思春期で父親と一切口を利いていなかったので、話すキッカケが欲しかったという恥ずかしい理由もあります…。父親が働いている会社で、クラシックのギター教室が行なわれていたので、そこで少しだけ習ったりもしました。

その後、キャットミュージックカレッジ専門学校という音楽学校の高等部のギター・コースに入り、卒業後にもESPエンタテインメント大阪校という音楽専門学校に進学。GIT DX(超速ギター科)のコースでした。

影響を受けたギタリスト

最初のギター・ヒーローは、恥ずかしいのですが父親です。女性ギタリストのオリアンティも、最初の頃にずっと憧れを持っていました。ただ、実際に影響を受けたギタリストはジェイソン・リチャードソンですね。

最初に手に入れたギター

父親が大事にしていたワッシュバーンの“N2”というヌーノ・ベッテンコート・モデルで、それをずっと弾いてました。その後、おこずかいでPRS SEシリーズのアコースティック・ギターを購入したあとも、ずっと父親のギターを使っていたんですけど、プロのギタリストになりたかったので「自分で決めて、自分で買ったエレキを使いたい!」と思って、ESPの8弦ギターをオーダーしました。

初めてコピーした曲

メタリカの「Master Of Puppets」やオジー・オズボーンの「Crazy Train」など、父親から教わったメタルのリフですね。“弾いてみた”の文化が好きだったので、ボカロのバンド・スコアを購入して、ボカロの曲も練習していました。元々、父親がメタラーで、小さい頃から陰陽座やチルドレン・オブ・ボドム、スレイヤーなど、車の中でメタルばっかりかかっていたので、ギターを始めた当初から「ギタリストになりたい!」と思っていたんです。

でも、高等部の授業でソルフェージュと譜面の書き方を教わって、自分で耳コピして、ちゃんと綺麗に譜面に起こす、それをさらにアナライズする…というのをひたすら練習していたら、メタルとかジャンル関係なく、音楽そのものが大好きになりました。こんな風にコードが作られていて、リズムやキメはこうなっていて、この時ベースはこんなフレーズ弾いていて…とか、たくさん分析したら、どんな曲を聴いても「めっちゃエエやん!」って思うようになったんです。

昔は「メタル以外聴かない!」って尖り過ぎてたのですが、今はメタル含め、どの音楽も最高だと思っています。でも、自分が売れたいジャンルは、やはりメタルですね…。昔から好きなギタリストは、それこそヤンギに載っているような海外ギタリストなので。ただ、「この人しか聴かない!」「この人が最高!」みたいなのは特になくて、良いと思った曲が1曲でもあれば、「好きやなぁ」となるので、今も変わらず幅広く好きで色々聴いています。

技巧派を目指したキッカケ

この質問をされるまで、深く考えたことなかったんですが、昔は「速弾きが正義だ!」と思っていました…。「世界一速く弾けたら、誰も文句言わへんやろ!」の精神で、ずっと基礎練や速弾きの練習をやっていました。何がキッカケで、どうしてそう思ったのかは正直分かりません。不登校だったので、人生に自信がなくて、分かり易く「とにかく凄い!」って、周りに思って欲しかったのかもしれません。

とにかく、若い年齢で凄いことたくさん弾ければ、みんなに「注目してもらえるかも!」って気持ちで、ずっと引きこもって練習していました。専門学校でしっかり基礎練や音楽理論、色んなジャンルや人間性を学んでからは、大事なモノはそれだけじゃない…って、今は本当に心から思っています。でも、根本にある速弾きやテクいのが好きな気持ちは貫いて、これからも頑張りたいと思っています。

多弦ギターを手にしたキッカケ

父親は多弦ギタリストではなかったので、父親から6弦ギターを譲り受け、ギターを始めた時は、そんな世界があると知らなかったです。でも、中学生の頃からメシュガーが好きだったし、高校生になって、アニマルズ・アズ・リーダーズのことを知ってから、興味を持つようになりました。それで段々と、メタルといっても「父親と少し趣味が違うな…?」と感じるようになり、「自分がやりたいジャンルは多弦ギターを使用したメタルなんだ!」と思って、そこからたくさん調べ始めしました。

自分で買う最初で最後のギターだと思って、8弦ギターをオーダーしたのは16歳ぐらいの頃です。ただ、当時の店舗に8弦ギターはあまり置いてなかったですし、日本での認知度も、今よりなかったと思います。勿論、8弦ギターを弾いている女性なんて全然いませんでした。それで、「唯一無二になれる」思って、思い切って飛び込んだ世界でした。
あと、父親がフロイドローズ大好きで、フロイド搭載6弦しか家になく、チューニングが大変なので、学校に通っていた頃は、レギュラーとドロップのギターを2本持っていたんです。でも、多弦にしちゃえば1本で済むので…という理由もあります。

現在のメイン機材

ギターは16歳の頃にオーダーしたESPの8弦と、エドワーズの“E-HR8-FR”です。現在は宅録用にフラクタル・オーディオ・システムズ“AXE-FX III”、ライヴ用にNeural DSPの“Quad Cortex”を使っていて、実機のアンプは持っていません。基本的にライヴハウスのアンプをお借りしてリターンに差し、ライン出しにしています。今までコンパクト・エフェクターでボードを組んだことは一度しかなくて、基本的に昔からマルチ・エフェクターを使っています。

PARAMENA加入以前の活動

基本的に大阪で活動していました。19〜20歳の頃は専門学校の同級生達と、目からコンタクトという名前の、いま私を見てくれている方はビックリするぐらいめちゃくちゃポップス(寄りの)のジャンルのバンドを結成し、実際はサポートでしたがほぼ正規メンバー扱いで精力的に活動していました。そのバンドでは地元の“MIKROCK”というフェスに出たり、“十代白書”という10代限定のコンテストで準優勝したり、ESP大阪校の学園祭でオープニング・アクトとして演奏したりしていましたね。

一方、ソロ・ギタリストとしても活動し、2020年にファースト・ミニ・アルバムをリリースし、ESPカスタムショップやBIGBOSS京都店でデモ演奏をさせてもらったり、“マジカルミライ 2022”のOSAKA会場・企画展でのデモ演奏、“マジカルミライ 10th Anniversary”SAPPORO会場でミク・ギター(EDWARDS Platinum“E-STREAM-Miku-Custom-Snow Miku Edition-”)発売記念デモ演奏など…の活動も行なってきました。

Sayaデモ・イベント

PARAMENA加入のキッカケ

上京したら「絶対にジェント・バンドを組みたい」と思っていたので、Xで“8弦ギタリストを探している関東で活動出来るジェント・バンドがあったらメンバーに入れてください!”って募集をかけたんです。それが2020年の7月頃で、それを見た8弦ギタリストのMASAToooN!さんがPARAMENAに紹介してくださったのがキッカケです。

ただ、トリプル・ギターのバンドは初めてだったのと、私はそこに関してコダワリがあったワケじゃなかったので、特に気になっていたポイントではなかったです。とにかく弦が多くてジェントが出来るバンドがやりたかったので、加入前に居たメンバーをただ見て、「入りたい!」と思いました。正式加入の発表をしたのは2023年の3月30日です。

トリプル・ギター編成の中での自分の役割

ギター・ソロを任せてもらえることが多いので、背の高いギター2人(皇&zima)に負けないように、キャラクターを大事にしています。多分、このジャンルで女性ギタリストは珍しいかな…と思うので、自分にしか伝えられないメンバーの魅力を伝えたい。ニッチなジャンルやけど、キラキラした部分とか、華があったり親しみ易い…みたいな入り口を「広げられるようにしたいな」と思っています。

“Wacken Open Air”フェスについて

Wackenのことはメタラーなら絶対知ってると思いますし、私も海外バンドさんが好きなので、名前はよく聞いておりました。でも、まさか自分達に出れるチャンスがあるなんて思っていない…という

か、「勝ったら出れんの!?」って私はなってました。

元々ソロで活動していて、バンドマンではなく“ギタリスト!”って感じで、正規メンバーでバンドを組んだのは(PARAMENAが)初めてなので、その辺のフェスやライヴハウス、バンド事情にわりと疎かったんです。だから、バンドだとこんな形でチャンスがあるんだ…とビックリしました。

父親がジャーマン・メタル、それこそ’80〜90年代のメタルやプログレが好きで、私も影響されていたので、Wackenという存在が私にとってはデカ過ぎて、未だに夢みたいです。

“W:O:A Metal Battle”参戦&“Wacken Open Air”出演へ向けてひと言!

PARAMENAみんな大好き! 優勝しか見てない!

 
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