ジェフ・ベックを語る feat.トッド・クラウス/フェンダー・カスタム・ショップ マスタービルダー

ジェフ・ベックを語る feat.トッド・クラウス/フェンダー・カスタム・ショップ マスタービルダー

惜しくも逝去したジェフ・ベックを追悼し、ヤング・ギター2023年3月号では巻頭大特集を掲載させていただいた。ミュージシャンを筆頭に数多くの関係者に証言してもらった中、残念ながらインタビューが締め切りに間に合わず、掲載を見送った人物がいる。それがフェンダー・カスタム・ショップのシニア・ マスタービルダー、トッド・クラウスである。

トッドは1981年代にジャクソン/シャーベルでクラフトマンとしてのキャリアをスタートさせ、1991年にフェンダーへ入社。1997年にカスタム・ショップの マスタービルダーとなった後、世界中のプロ・ギタリストのモデルを数多く手がけてきた。ジェフ・ベックもその顧客のうちの1人で、2000年代前半に前任者から引き継いで以来、基本的に本人の使用モデルはトッドがほぼ手がけてきたという。そんなトップ・ビルダーである彼だからこそ知るジェフ・ベックの秘密について、ここで改めて語っていただこう。

ジェフと最後に話した時、ネック・シェイプについて議論していたんです

YG:トッドさんがジェフ・ベックの使用ギターを製作するようになった、経緯を教えていただけますか? 前任者からどのようにして引き継いだのでしょう?

トッド・クラウス:私はそれ以前、もともとアーティスト・リレーション担当のビルダーだったんですが、(最初のジェフ・ベック・モデルの試作を手がけた元 マスタービルダーの)J.W.ブラックがフェンダーを離れた際、ジェフに関する仕事が私に回ってきたんです。そこでジェフ用のギターのネックとピックガードを作ったところ、その出来栄えを気に入ってもらえて…そのままその引き継いだというわけです。

YG:プロ・ギタリストは誰でも、ギターに関して自分だけの好みを持っているものですよね。ジェフ・ベックはどうでしたか? 他のアーティストがリクエストしないような、ジェフ特有のこだわりはあったのでしょうか?

トッド:例えばジェフのギターには基本的に“Hot Noiseless”ピックアップが搭載されていましたが、これはそもそも彼のためにデザインされたものでした。セットアップの仕方もとても独特で…例えばジェフはトレモロ・バーを、ある特定のやり方で使ってベンドさせるのが好きでした。それ以外で言えば、ローズウッド指板のメイプル・ネック、軽量なボディーといったところでしょうか。それからもちろん、ウィルキンソン製のローラー・ナット。なぜかジェフはあのナットがとても好きで、彼にとってかなりこだわりの深いものだったんです。

(註:“Hot Noiseless”は2001年に“Jeff Beck Stratocaster”の仕様がアップデートされた際、正式に採用されたピックアップ。ナットに関しては、市販モデルにはLSRローラー・ナットが搭載されているが、ジェフ本人が使用した自身のモデルには基本的にウィルキンソン製が搭載されていた)

ギター1

★ジェフが2000年前後から愛用したギターの1つ。J.W.ブラックが製作した最初期のモデルからネックを流用してボディーを交換、ジョイント部にヒールレス加工を施し、新たに設計された“Hot Noiseless”ピックアップの試作品を搭載するなどして完成したこの仕様をもとに、市販のシグネチュア・モデルもアップデートされた。(pic : Yoshimasa Hatano)

YG:ピックアップに関しては、例えば近年彼が使っていたギターを見るだけでも、実はちょっとずつ違っていますよね。“Hot Noiseless”が載っているものもあれば、“N3 Noiseless”が載っているものもありましたし、あるいはカヴァーにロゴが入っていないものもありました。もちろん、’90年代にはレース・センサーも使っていましたし。

トッド:’90年代のレース・センサーに関しては、私は全く関わっていないので何とも言えませんね。私が担当し始めたのは、J.W.ブラックが現行ジェフ・ベック・モデルの試作機を作った直後からですから。カヴァーに“Noiseless”と書かれていないのは初期に作ったもので、単に当時まだロゴが書かれたカヴァーが用意できていなかったからというだけです。ですから中身は“Hot Noiseless”と同じですね。

ギター2(3月号の表紙写真)

★本誌3月号の表紙写真でジェフが手にしているのは、1990年前後からメインとなったサーフ・グリーン・フィニッシュのストラトキャスター、通称“Little Richard”。レース・センサー・ピックアップやローラー・ナットといった特徴的な仕様をもとに、いくつか改変を加える形で市販モデルもリリースされている。

YG:ネック・シェイプはどうでしょう? ジェフ自身の好みはずっと一貫していたのでしょうか?

トッド:ジェフと最後に話した時、まさにそのことについて議論していたんです。ジェフはネック・シェイプを変えたいと考えていたようなんですが、残念ながら実現しませんでした。彼のモデルは最初、初期のテレキャスターのような太いネック・シェイプからスタートしたそうで、J.W.ブラックが作ったプロトタイプの段階では、私がファットCシェイプと呼ぶ形になっていました。’60年代のCシェイプに似ていますが、1フレットの辺りが太く、よりモダンな感じ。基本的にはCシェイプなんですが。例えば太いVシェイプやなど、さらに色々なネックを試したかったようです。さっきも言った通り、結局のところ実現することはできませんでしたが…。確か去年の10月頃でしたね、話をしたのは。

YG:近年のジェフのメイン・ギターの1本に、リヴァース・ヘッドのモデルもありましたよね。普通のヘッドとは弾き心地が違うと思うのですが、あれは誰のアイデアなんでしょうか? 写真を見ると、ストリング・ガイドを付けたり外したり、試行錯誤の跡が見受けられます。

トッド:それはジェフのアイデアです。彼は古いギターのパーツを外し、新しいギターに取り付けることを躊躇しませんでした。ジェフは何年か前にJ.W.ブラックが作ったリヴァース・ヘッドのネックを持っていて、とても気に入っていたんです。私も彼のために3本作りましたし、この仕事場にさらにもう3本用意してあったんですよ。ただ、ジェフは普通のヘッドストックに戻そうと考えていました。

ギター3

★2017年の来日公演時に撮影された、メイン級の1本。前出の白いボディーを用い、トッド・クラウスが新たに製作したリヴァース・ヘッドのネックとすげ替える形で作られている。(pic : Takumu Nakajima)

YG:ジェフ・ベックはワーミー・バー奏法の名手でもありました。彼のトレモロ・ユニットはどんな風に調整されていたのでしょうか?

トッド:ジェフがブリッジに求めていた要素は…1つは、通常よりも下方向に力をかけられるように成形されたトレモロ・ブロックを使うことです。そしてモダンなブリッジでありつつも、ヴィンテージ・タイプのバーを備えていること。だから彼のためにトレモロ・バーをカスタム・メイドしました。それ以外では調整の仕方が大きなポイントでしたね。彼のギターはまるで、何かの間違いかと思われるようなセットアップになっていました。ブリッジがかなり前側に傾いていたんです。参考として言えば…例えばブリッジがボディーに平行になるようバーを引き上げると、1弦が1音上がるような具合ですね。そのバーを手で押し込んだ状態、あるいは引き上げた状態で弦をヒットし、同時にバーが元に戻るように弾いたり…そういった色んな奏法で様々な効果を得ていました。ジェフならではの本当にユニークなテクニックですが、あれはブリッジのセットアップが鍵だったんです。

YG:ジェフが好んだ弦高やピックアップの高さなどは?

トッド:高さは頻繁に変わっていたので、よくわかりません。彼のギター・テックに質問した方がいいかもしれませんね。私が聞いたところでは、ツアーの最初の頃は.010から始まる弦のセットを張っていて、調子が上がってくると.011から始まる太いゲージのセットを張るようになるそうです。あくまでも私が聞いている限りではですが。ツアーではよくある話ですね。

YG:フェンダー製シグネチュア・モデル以外に、彼に渡して使ってもらったギターはありましたか?

トッド:私は以前ジャクソン・ギターズで働いていたんですが、’80年代にジェフのために3~4本作ったギターのうち、いくつかで手伝いました。ジャクソンではビルダーそれぞれが個別に決まった工程を担当していて、1人で1本のギターを最初から最後まで作ることはありませんでしたね。いわばグループ・ワークのようなものでした。そうそう、ティナ・ターナーがボディーに自分の名前を彫ったピンク色の“Soloist”があるんですが、あれはかなり有名でしたよね。

YG:トッドさん自身の分析では、ジェフ・ベックが他のギタリストから抜きん出ていた理由は何だったと思いますか?

トッド:ジェフは他の誰もやってこなかった、そしてこれからもやらないであろうプレイをするギタリストでした。ジェフのような演奏ができる人はほとんどいませんし、彼の音楽をまともに弾くことさえも難しいでしょう。だからこそ、ジェフ・ベックのカヴァーを聴くことはあまりないのだと思います。何故なら、彼は他の誰とも異なるプレイをしていましたから。とても特異な存在でした。大きな喪失です。

YG:では最後に、ジェフにメッセージを送れるとしたら、どんなことを言いたいですか?

トッド:「ありがとう」ですね。

トッド・クラウス