KISSでギターの弾き方を覚えたポール・ギルバート、思い入れを語る! ヤング・ギター10月号未掲載インタビュー

KISSでギターの弾き方を覚えたポール・ギルバート、思い入れを語る! ヤング・ギター10月号未掲載インタビュー

ヤング・ギター10月号で展開されているKISSの巻頭大特集。同特集内ではKISSの過去に発表された作品群のディスコグラフィを掲載しており、一部作品にはポール・ギルバートによるコメントを追加している。今回彼に登場してもらったのは、過去のインタビューの中に「ギターの弾き方はKISSで覚えた」という発言を見つけたからだ。誌面ではほんの一部のコメントのみ掲載しているが、ここではそのインタビュー形式で行なわれた取材のほぼ全文をご覧いただこう。

エース・フレーリーは記憶に残り、歌えるソロを作っていた

YG:ポールがKISSというバンドを認識したのはいつ頃のことでしたか? 

ポール・ギルバート(以下PG):多分7歳の頃かな。音楽を知る前に写真だけ見たことがあってね。近所に住んでいた7~8歳ぐらいの子に、「KISSっていうバンドのこと知ってる?」と訊いた。「うん、知ってるよ。“Beth”っていう曲は有名だよ」と言って彼は、「Beth, I hear you calling…」と歌ってくれたんだ。その曲だったら僕も知っていたと気づいたよ。でも僕は、彼が間違った曲を教えてくれたんだと思い込んでいてね。KISSのルックスは世界一巨大で恐ろしいロック・バンドといった感じだったから、バラードのわけがないと。でも、本当に彼らの曲だった。

YG:あなたが最初に影響を受けたギタリストはレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジだったそうですから、KISSにはまた違った魅力が感じられたでしょうね。

PG:うん、初めてギターにフォーカスして聴いたのはジミー・ペイジだったね。それとジミ・ヘンドリックス、マウンテンのレスリー・ウェスト、デヴィッド・ボウイと一緒にやっていたミック・ロンソン。ザ・ビートルズやザ・フーにもギターは入っていたけど、歌がメインだ。その後KISSのアルバムをちゃんと聴いたのは、『ALIVE!』(1975年)が初めてだよ。1枚目のライヴ・アルバムだ。当時、アルバムを1枚買うには、僕は相当お金を貯めなきゃならなかった。だから、どのアルバムを買うかということは非常に大きな問題だったんだ。理由はなぜだか分からないけど、そのアルバムにしようと考えた。でも、コスプレにメイク姿のアートワークだから、とても恥ずかしかったんだ。だからお金は自分で貯めて、母さんに買ってきてもらうように半ば謝りながら頼んだよ。母が買ってきてくれたそのアルバムの第1印象は、曲がすごく気に入ったということ。バンドの演奏も、ギター・ソロも素晴らしいし、実はドラムもすごく良かった。僕はあのアルバムにドラムの叩き方を教えられたようなものだよ。ヴォーカルの質感は慣れるまでにちょっと時間がかかったけど、1週間もすると大好きになったよ。初めてアンチョビを食べる時のようなもので、「これって何なんだろう? キツイ味だし、変わってるけど…」と最初は思うけど、そのうち「おお、美味いな!」と感じるようになる。理解するまでに時間がかかる、大人の味ってところだったな。

YG:あなたは過去のインタビューで、KISSの『ALIVE!』からギター・プレイを学んだと話していましたね。

PG:もちろんだよ。エース・フレーリーのソロだ。今でも大好きだね。彼のフレーズは実によく練られた作りになっていて、エディ・ヴァン・ヘイレンみたいなソロでクレイジーになるプレイヤーとはまた違っていた。エースはより記憶に残り、歌えるソロを作っていたんだ。最近になって…曲は「Deuce」だったかな、エースのギター・トラックだけを聴けるようになったんだけど、完璧だったな! あれより上手には弾けないよ。音がきれいで、ヴィブラートも音程が合ってて、抑制が効いている。すごいよ。

YG:やはりコピーもしました?

PG:リフも覚えてたくさん弾いた。10代の頃はたくさんのバンドに参加していたけど、当時一緒にやっていた中で一番上手かったドラマーは、KISSの大ファンだったんだ。一番好きなアルバムは『MUSIC FROM THE ELDER』(1981年)だって(笑)。あまりにも好きすぎて、よく「KISSが嫌いなやつはぶちのめす!」って、周りを脅していたな。レーサーXを作ってからもよくKISSのカヴァーをやったね。「Detroit Rock City」「Cold Gin」「Parasite」も…。僕は歌詞も好きだったね。今思えば不道徳な内容の歌詞も多いけど(笑)、理解しやすい。レッド・ツェッペリンでロバート・プラントが何を歌っているのかは全然分からないけど、それは関係なく曲として素晴らしい。KISSの場合は発音がはっきりしていて、歌詞の意味が分かるのがなおさらいいね。

アイバニーズが僕のカスタム“Fireman”をポール・スタンレーのために作るなんて…

YG:KISSのコンサートを初めて観たのはいつでしたか? 

PG:初めて観たのは’90年代前半じゃなかったかな…。ナッシュヴィルで開かれていたNAMMショウの時だ。 それに彼らがメイクをしていない時代で、あの時期はKISSのことをさほど気に留めていなかった。初めて衝撃を感じたコンサートは東京ドームで観た公演だったんだ。その時はライヴ・レポートを書くという依頼を受けて観に行ったので、ジャーナリストとして観戦したというわけ。あれは確か、彼らの“フェアウェル・ツアー”(2001年)で、「これが最後だなんて!(泣)」と思いながら観ていた。その後、「“フェアウェル・ツアー”第2弾をやります」と発表されたけどね(笑)。正直に言えばエースがもうちょっと上手く演奏できていればな…と思ったけど、それでも十分素晴らしいショウだった。ポール・スタンレーが空を飛んできたしね。

YG:KISSのライヴはエンターテインメントとして完成されていますよね。ステージ・セット、照明、パイロ…。

PG:彼らの目的はオーディエンスに鳥肌が立つほど素晴らしい体験をしてもらい、感動させることだ。彼らはミュージシャンであるだけでなく、アーティストとしてオーディエンスを良い気分にさせることができるんだ。それに勝るものはないよ。ポール・スタンレーがオーディエンスに向かって話しかけるやり方が好きだね。実にユニークな語り口調だよ。もしかしたら僕もそこからちょっと影響されているかもしれないな。それと衣装が決まっているというのは、AC/DCのアンガス・ヤングみたいなものだよ。短パンにスクールボーイの衣装で決まり。一方デヴィッド・ボウイやマドンナはツアーのたびに全く異なる衣装で現れたことが成功の秘訣になった。KISSはどちらかというと「いいものができたから、ずっとこの路線で行こう」という感じだよね。

僕は彼らのアルバムというと、どうしてもライヴ盤を聴いてしまうんだ。スタジオ盤を聴くと、いかにも’70年代のプロダクション・スタイルという感じなんだよね。ロック・バンドなのに雑味をなくしてきれいにして、まるでカーペンターズか何かのように聴かせようとしているところがあるんだ。チープ・トリックやテッド・ニュージェント、エアロスミスのアルバムにもそういうものがあったよ。でもライヴ・アルバムを聴くことで、「ああ、こういうことだったのか! ロックのエネルギーが確かに感じられるぞ」と思ったんだよね。’70年代というのは、良いライヴ・アルバムの宝庫だった。フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュやピーター・フランプトンがそうだろ。同じようにKISSのスタジオ・アルバムを聴くと「うーん、やっぱりライヴ盤に戻ろう」となってしまう。スタジオ盤の中で僕が一番よく知っているものを挙げるなら、おそらく『ALIVE II』(1977年)の(アナログ盤の)サイド4だ。ここにはスタジオ音源が入っている。「Rockin’ In The USA」「Rocket Ride」「All American Man」…とかかな。

YG:1978年に彼らは一人ひとりが個別にソロ・アルバムをリリースしました。そのKISS大好きなドラマーの人に、ピーター・クリスの『PETER CRISS』を強制的に聴かされたりしませんでしたか?(笑)

PG:その頃はまだアルバムの値段が高かったから、お金に余裕がなかったんだ。そうだな、(ドラマーの)彼なら持っていたかもしれないけど、彼の家にあった記憶がないなあ…。僕がラジオで聴いて気に入ったのは『ACE FREHLEY』の「New York Groove」だ。あれはなかなか良かったよ! 曲は気に入った。でもやっぱりそういったスタジオ盤より、ライヴ盤の方がお気に入りだった。’80年代、例のKISS好きのドラマーと一緒にやっていた時にはもうちょっとスタジオ盤を聴いていたかな。アルバムは『LICK IT UP』(1983年)だったっけ。「All Hell’s Breakin’ Loose」「Lick It Up」といった曲をカヴァーしたよ(笑)。

僕とKISSの関係において、素晴らしい瞬間が訪れたことがある。僕のアイバニーズのシグネチュア・ギター“Fireman”に関してだ。これは“Iceman”をひっくり返したデザインなんだよね。ポール・スタンレーといえば“Iceman”(を元にした“PS10”)を使っていることで有名だろ。あのギターの見た目と音がカッコ良くて、それが“Fireman”を作った最大の動機だった。で、4~5年前、アイバニーズで働いている親しい友達が僕に連絡をくれて、「ポール・スタンレーからカスタムの“Fireman”を作ってほしいと言われているんだ。君は問題ない?」と言われた。僕は笑って「問題ないよ。だって僕が彼から(デザインを)盗んだようなものだからね!」と応えた。そういうわけでアイバニーズはそのモデルを作ったんだけど、KISSのコンサートでポールがそれを弾いている写真をどこかのファンが撮っていたよ。アイバニーズがカスタム“Fireman”をポール・スタンレーのために作るなんて、ものすごく光栄だった。彼に影響を受けた僕のモデルが、ね。

YG:2人ともお名前がポールですしね。

PG:確かにそうだね。他に僕とKISSとの関わり合いと言えば…1つ思い出したことがあるよ。あれはレーサーXをやっていた頃だった。当時僕たちはメジャー契約がしたくて、強力なマネージャーを探していた。その時興味を持ってくれた人の1人が、ジーン・シモンズだったんだよ。どういういきさつか、ジーンと電話で話したことがある。「君たちの曲を聴く必要がある。(曲の入った)カセットを持ってきてくれるか?」と言われた。するとヴォーカルのジェフ・マーティンが、「俺がバイクでジーンの所に届けに行ってくるよ」と言ってくれて、カセットを持ってバイクに乗った。彼がドアをノックするとジーンが出てきたけど、ジェフの髪を掴んで「これは伸びないのか?」と言ったらしい…(笑)。

YG:それは面白いですね(笑)。

PG:’80年代だから、髪は長くするもの、というイメージがジーンにもあったんだろうね。彼が僕たちにとってふさわしいマネージャーになったかどうかはわからない。KISSの元マネージャーのビル・オーコインが気にかけてくれたこともあったし、頑張ったけど、全力を尽くすところまでにはならなかった。

YG:ありがとうございました。最後に、ポール自身の直近の活動予定を教えてもらえますか?

PG:新しいアルバムが途中まで出来ている。すべてロニー・ジェイムズ・ディオの曲で、インストにしているんだ。ディオとブラック・サバス、レインボーという組み合わせで、サプライズも1~2曲あるよ。これがもう、とっても楽しくてね(笑)。曲を弾くことで、こんなに感動して鳥肌が立ったことはこれまでになかったんじゃないかな。とっても強烈で力のある、エモーショナルな曲だよ。あと1ヵ月で制作は終わる予定だ。クリスマスまでには出したいな。そこまでに間に合わなくても、できるだけ早く出すつもりだよ。