山本恭司 ヤング・ギター2017年12月号 本誌未掲載インタビュー

山本恭司 ヤング・ギター2017年12月号 本誌未掲載インタビュー

構想から完成まで10年を要したという最新ソロ・アルバム、『Voice of The Wind』を完成させた山本恭司。約19分にも及ぶ表題曲「Suite : Voice of The Wind」を聴けば分かる通り、今作の肝は彼が『MIND ARC』(1998年)の頃から追求して来たギター・インストの世界と、ここ7年間ほどライヴ活動の軸としている弾き語りの世界、それらを高い次元で融合させることにある。既に発売中の2017年12月号にてその内容を詳しく語ってもらったので、未読の方はぜひ手に取っていただきたい。

さて、こちらはその本誌インタビューに載せ切れなかった部分。まずはギター雑誌という性格上、今までなかなか聞くことのなかった“山本恭司のヴォーカリストとしての側面”について、少し突っ込んで訊ねてみた。

いつの間にか、ギターと共に歌も変化しているんだね

YG:最新作『Voice of The Wind』を聴く前に、昔のBOWWOWとソロの音源をざっと通して聴いてみたんです。それで気付いたんですが…、恭司さんの声質は’70年代、’80年代初頭、’90年代後半という、大きく3つの時期でガラリと変わっていますよね。その節目に何があったんですか?
山本恭司(以下KY):BOWWOWに加入することになった最初の時、僕はプロデューサーさんに「歌はうたえません、ギタリストですから」って言っていたんだよね。でもデビュー作のレコーディング中に、英詞の曲を「恭司、ちょっと歌ってみてよ」と言われて、試しにやってみたら「それで行こう」ということになっちゃったんです。1stアルバム『吼えろ!BOWWOW』(1976年)は、僕が初めて歌ったものがそのままレコードになったような感じだった。だからしばらく「BOWWOWは演奏はそれなりに上手いけど、歌がダメだ」ってずっと叩かれ続けてね(笑)。以来、僕は自分のつるんとした声質に、すごくコンプレックスを持っていたの。それである時、全然違う声になりたいと思ったんだ。以前、「民謡を歌う人は冬の寒い中、橋の上で大声を出し続け、声を割ってから新しく作る」という話を小耳に挟んだことがあってね。クラシックの声楽を真面目に学んでいる人ならありえないだろうけど、僕はそれを真似して声を割ろうと思い、スタジオで1人でひたすら大声を出していたことがあったんだ(笑)。かすれて出なくなるくらいまでやり続けて、少し回復するとちょうどいい感じの割れ具合になるからね。『HORIZON』(ソロ/1980年)や『WARNING FROM STARDUST』(BOWWOW/1982年)を聴くと、かなり割れた声だよね。あれがまさに、そうやってレコーディングに入る前に無茶をしていた時期。

YG:それを’90年代初頭の、WILD FLAG時代までやっていたんですか?
KY:’80年代ほどには歪ませなかったけど、ある程度は意識していたね。WILD FLAGではけっこう過酷なゲリラ・ライヴを連続でやっていたし、それこそ本当に全く声が出なくなるかもしれない危険もあったから。…そうだ、思い出した。ツアーの途中に「こうすれば声が割れていても伸びるんだ」って、ある日コツをつかんだんだ。僕はヴォイス・トレーニングを一切やったことがないから、そうやって日々の積み重ねで、段々と今の形になって来たと思う。

YG:ライヴ・バンドならではですね。
KY:無理し過ぎてもいけないよね。あそこまで割ったあの声は、ナチュラルな自分じゃないと思ったんだ。例えばギターのトーンに関しても、『HORIZON』辺りではMXRの10バンドEQの真ん中2つを一番上まであげることで中域を強調し、さらに全体も持ち上げるというすごく極端なブーストをかけていたから、スピーカーが飛びやすかったな。そういう極端な音作りをしていて、だから声も極端な割り方をしていた。でも’90年代にヒュース&ケトナーの“TriAmp”を使うようになって、おかげで滑らかでリッチな音が好きになり、ギターのトーンもあの頃から今まであまり変わっていないよね。意識していたわけではないけど、歌もわりと太めでナチュラル・ディストーション的な感じになったと思う。いつの間にか、ギターと共に歌も変化しているんだね。

YG:今の恭司さんの歌い方って、他では聴いたことのない声質なんですよね。誰かに似ているというのが、全く思い浮かばない。
KY:それは弾き語りで身に付けた歌い方だと思う。かつてはバンドの大音量の中だけで歌っていたから、細かいニュアンスにあまり意識が向かなかったんだ。でもね、BOWWOWの『ERA』(2005年)っていうアルバムがあるんだけど、あれはヘッドフォンで本当に集中して自分の声を聴きながら歌っていて、あの時にちょっと歌への意識が変わったね。だから『ERA』にはすごく好きなヴォーカル・テイクがいっぱい入っている。その直後から始めた弾き語りで、さらに歌に目覚め、どれだけ人の心を動かせるかということを意識し始めた。さっき言った通り、僕は自分の声にコンプレックスをずっと持っていて、さらにVOW WOWでは人見元基のような天才的ヴォーカリストとも一緒にやっていたわけでしょ? 僕にはとても元基のようには歌えないけど、だからこそ違うアプローチをしようと思ったんだ。ギターに例えるなら、僕の使っているヤマハ“HR”は24フレット仕様でアームも付いていて、すごく自由度が高い。一方、フェンダー・テレキャスターは21フレットしかなくてアームもないけど、あのギターにしか出せない音がある。そういった考え方だよね。元基には歌えないものが、僕にだってあると思うからね。