自分さえ努力すれば、求める音が出て来る」
YG:曲作りで言えば、一番最初に生まれたのはどれですか?
AKIHIDE:「LOOP WORLD」という曲は、バンドで派手にやりたいモードの時に既にできていたんですよ。ルーパーは関係無しに。でも色々アレンジしてみても、何か腑に落ちなかったんです。曲は好きなんだけど、何が違うのかな…と。悩んでいた時にループ・ペダルを使ったアレンジにしたら「ああ、これだったんだな」と上手くハマりました。「New“Today”」や「おかえり」なんかも、基本的にはバンド・アレンジが先にありましたね。逆にループありきで作り始めたのは、「樹海」が最初。そこから「蛍火」「真夜中に咲く花」「夜の獣」…と、そういう順番です。作り方がだいぶ違いますね。
YG:レコーディング作業自体も「LOOP WORLD」が最初だったわけですか?
AKIHIDE:そうです、MVを作るために最初に録りました。けっこうノリが難しかったので、むしろ自分としてはあんまり早く録りたくなかったんですけど(笑)。
YG:もっと練り上げたかったわけですね。
AKIHIDE:でも結果的には良かったです。締め切りがないと際限なくやってしまうので。逆に「樹海」なんかは、わりとすんなりと録れましたね。
YG:具体的にはどういうプロセスで?
AKIHIDE:自分のプライベート・スタジオで、アコースティック・ギターの前にAKGの“C414”(コンデンサー・マイク)を置き、マイク・プリアンプと“1176”(ユニバーサルオーディオのコンプレッサー)を通して、さらにBOSSの“GT-1000”(フロア・マルチ)を挟み、そこからステレオでBOSSの“RC-300”に入れ、“Pro Tools”に録音していました。それを完全に1人で。最終的な処理はエンジニアさんにお願いしたんですけど…、でも録った段階で既に2ミックスなんですよね(笑)。だからある意味、オケが完成した状態でデータを渡さなければいけなかったんです。
YG:なるほど。
AKIHIDE:そうなると、録音の手前で音量バランスや音色の調整をしなければいけなくて、それも1人で全部やらなければいけないんです。リアルタイムでミキシングしているような感じですね。“GT-1000”でコーラスだったりリヴァーブだったりを設定しておいて、フレーズに合わせて足で踏みながら呼び出したり。そんな作業を延々やっていましたね。
YG:エンジニアさんと相談しながら?
AKIHIDE:いや、基本的に自分1人でですけど、最初に1回テストしたんですよ。そうすると音をどんどん重ねていくに連れて、ノイズがどうしても大きく乗ってしまって。エンジニアさんにはそのノイズ除去をすごくがんばってもらいましたね。で、「パーカッションはもう少し大きい方がいいのでは?」「小さいんですけどそういうイメージなんですよ」「ああなるほど」…みたいな、そういうやり取りをしたり。いつもやってくれているエンジニアさんなので、その辺りの意思の疎通はお互い無理なく取れていました。
YG:初めて仕事するエンジニアさんだったら、プリプロにもっと時間をかけなければいけなかったでしょうね。
AKIHIDE:そうかもしれないですね。信頼している方だからこそ、今回のようなイレギュラーな形でも成り立ったのかもしれないです。けっこうカオスでしたね(笑)。でもこれをやっておくことで音楽を作り続けられる、作業を止めることがなくなると思ったんですよ。負けてられるか!という思いがありました。
YG:表題曲である「LOOP WORLD」なんかは、いくつかのシーケンスがループで重なって来た後、コードが後から入ってくるのが面白いと思ったんですよ。
AKIHIDE:ミニマル・ミュージックがけっこう好みなんですよね。久石譲さんとかパット・メセニーなんかがそうですけど、同じテーマをある程度繰り返しておいて、その後ろでコードが遊ぶという形が僕はすごく好きで。で、コードの音使いも最近は複雑なのが好きになっているので、「最初のシーケンスのままだと次にこのコードが来た時に音がぶつかるな」とか、そういう問題がたくさん出て来て。そこでさっきの設計図の話ですけど、「じゃあ何小節後に音がぶつかるこのフレーズを何拍目で変えよう」とか、そういう細かい微調整をやりました。
YG:その話は「New“Today”」の方で感じました。この曲って、ほぼ1リフですよね。その後ろでわりとしっかり緊張感のあるコードが展開していたりして、よく崩壊しないなと思って。
AKIHIDE:その通りです、この曲はすごく難しかったんですよ。裏コードとかを使っても試してみてダメだったり、同じ3和音でも構成音をポジションを変えるだけで響きがガラッと変わったり。面白いですよね、多分倍音の関係だと思うんですけど。
YG:いくつもコードの転回形を試してみるということですか?
AKIHIDE:いや、単純に同じ音の並びでも、ポジションだけで印象が変わるんです。不思議な世界でしたね。同じ和音構成なのに、このフォームだと音がぶつかるけどこのフォームだと大丈夫とか…。「何だこれは?」と(笑)。だから設計図は行き当たりばったりで作っていくところが多かったです。
YG:例えば「New“Today”」のイントロのフレーズなんかは、コードに紐付いた旋律だったりするじゃないですか。それが曲展開していった時、別のコードの上に乗っても意外に行けちゃうんだ…とか、そういう細かい面白さがありました。
AKIHIDE:基本的にEadd9系のフレーズを弾いているんですけど、それがCだったりDだったりの上に乗っかってくるんで…けっこう面白い響きですよね。
YG:ということは、コード進行を分析するのはわりと難しいですか?
AKIHIDE:いや、できなくはないと思います。コードもある程度は音を間引いて弾いているので、トータルとして不思議すぎる音にはなっていないと思うんですけど。ただ、音数が少ない方がいい場合もあれば多い方がいい場合もあって、これがなかなか面白かったですね、ギタリストとして。
YG:大変そうですが、楽しそうな作業でもありますね。
AKIHIDE:楽しいですね、自分のやりたいように、ある意味ドラムやベースまで自分のギターで弾いているようなものですから。自分さえ努力すれば、求める音が出て来るというか。化学反応という意味では、他のミュージシャンと一緒にやる時とはちょっと勝手が違いますけど、1人でも充分面白いものが生まれるんだなと思いました。
YG:アルバムの最初の「迷子の朝」と最後の「おかえり」に関しては、ループ無しでギター1本だけでも成立する曲になっていますよね。この辺りは狙いですか?
AKIHIDE:「迷子の朝」はこのループの世界に入る直前を表していて、だからループ・ペダルを使わなくてもいいなと思ったんです。「おかえり」の方もループの世界から抜け出そうという場面なので…、でも実はブラシの音がループしているんですよ。あれがあるのと無いのとで、けっこう曲の雰囲気が違うんです。前作『星飼いの少年』の時にギター・バンジョーを買ったんですけど、そのスネアの部分を自分でブラシで叩きつつ、それをループさせてます。ジャジーなコードを弾きたかったので、あまり他のギターのシーケンスがあると響きが良くなかったんですよね。
YG:「迷子の朝」の方は、最初に聴いた時はとても穏やかでゆったりした曲だと感じたんです。でも物語を読んでからもう一度聴くと意味が変わって、薄ら寒い感覚すらあるというか…。歌詞がなくても意味を与えられるという、新しい手法ですね、これは。
AKIHIDE:たしかにインストは歌詞がない分、自由に想像できる自由があるんですが、そこに何か鍵みたいなものがあった方がいいかなと思って。だから僕はいつもタイトルにわりと気を遣っていますね。それにコンセプト・ストーリーがある場合、おっしゃったようにその物語が引っ張ることで曲の色を変えることができるんですよ。これは自分らしい手法だなと思います。
YG:「樹海」「蛍火」「真夜中に咲く花」…この辺りはさっきおっしゃった、ループ・ペダルありきで作った曲ですよね。普通の作曲時とループを使う時では、どう考え方が変わってくるんですか?
AKIHIDE:ループ・ペダルで作っていると、やっぱりリアルタイム感が強いんです。普段の場合は“Pro Tools”で打ち込んで精査する段階があって、目で見たり理論を考えたりしながら作っていくことが多いんですよ。でもループ・ペダルの場合は打ち込み要素が全くないので、場面場面で自分対自分で作って行く感じ。偶然弾いたフレーズやたまたまミスったフレーズが、繰り返されて聴いているうちに、すごく良くなったりするんです。自分が予想していなかったアイデアが生まれるんですよね。
YG:インプロともまた違うし、一筆書きともまた違っていて、でもライヴ成分もあったり…。
AKIHIDE:そうそう。セッション感もあるし構築感もあるし、ハイブリッドですね。いやあ、ループ・ペダルは本当に面白いですよ。
YG:でも打ち込みをする時と比べて、ダイナミクスとかフレーズの抜きさしとかで勝負しなければいけないことが多くて、そうするとフレーズ自体の面白さが重要になって来ますよね。核になるアイデアを出すまでが大変だったりしませんか?
AKIHIDE:確かにそうですね。まず1発目に弾くフレーズが面白くないと、後が続かないので。ただそれを見付ければOKかといえば違っていて、重ねるフレーズがつまらないとどうしようもなかったりもします。だからこそ、偶然性が非常に高いのかもしれないですね。自分で弾いているのに「えっ! こんなこともできるんだ」みたいな、思いも浮かばなかったことが出て来たりします。