アキラ・イシグロが新作『BON』発表、「美しい音楽を我慢強く作り続けたい」

アキラ・イシグロが新作『BON』発表、「美しい音楽を我慢強く作り続けたい」

ニューヨークを拠点に活躍する日系人ギタリストのアキラ・イシグロが、ニュー・アルバム『BON』をリリースした。

まずは簡単にアキラ・イシグロについて触れておくと、彼は横浜市出身で、小学4年生の時にアメリカのウィスコンシン州に移って育った。地元のハイスクールを卒業後、ボストンのバークリー音楽大学で学ぶと、その後ニューヨークを活動拠点に移す。2008年にファースト作『Rhetoric』をリリースすると、翌2009年にギブソンがスイスで開催した“Montreux Jazz Guitar Competition”で2位に入賞し、加えて観客が投票で選ぶ観客賞にも選ばれた。2013年に夏にウィスコンシン州ブルックフィールドで開催された“Wilson Center Guitar Festival”のジャズ部門で優勝。ちなみに、この時の審査委員長はジュリアン・ラージが務めている。そして、この優勝を足掛かりに2013年に発表した『Beautiful Round』は、翌2014年に日本盤もリリース。その後はトリオ編成のMURALを結成して2016年に『MURAL』、2018年に『Shishi’s Wish』をリリースしてもいる。

そのイシグロの新作『BON』は、イシグロの単独名義としては『Beautiful Round』以来だから、約10年ぶり。全曲が自身のオリジナルで、その多くはパンデミックでロックダウンされたニューヨークの自宅で書き下ろした曲が収録されている。参加メンバーは、サックスにクリス・ポッターやサミュエル・ブライス、トランペットに黒田卓也、ピアノにヘンリー・ヘイや加藤真亜沙、ベースにジム・ロバートソンやピーター・シュウェブ、ドラムにジョン・ハドフィールドやロドリゴ・レカバレン、パーカッションに小川慶太など、ニューヨークの最前線で活躍する顔触れが揃う。その豪華なミュージシャン達と音源データをオンラインでやり取りしながら、ぞれぞれがトラッキングを重ねて仕上げていったという。とうことで、ニューヨークの自宅に居るイシグロをキャッチ。前半はざっと経歴を振り返ってもらい、後半はその新作について存分に語ってもらった。

メタリカやヴァン・ヘイレンをアコースティックで弾いていた

YG:ギターを始めたのはいつ頃ですか?

アキラ・イシグロ(以下AI):ウィスコンシン州に移り住んだのが10歳の時で、ちょうどその頃です。単純に女の子にモテたいと思って(笑)。

YG:最初からエレクトリック・ギターだったのですか?

AI:いいえ、最初はスティール弦のアコースティック・ギターでした。両親がまずは1年間レッスンを受けてみなさいと。それでも続けていたらエレクトリックも考えると言われて、近所のギターを教える人のところで個人レッスンを受け始めたんです。

YG:じゃあ、最初はCとかFとか基本的なコード・フォームの押さえ方などから入っていったんですね。

AI:そうです。僕はメタリカとかニルヴァーナとかヴァン・ヘイレンとかロックが好きだったので、エレクトリックを買ってもらえるまでは、アコースティックでそういうのをがむしゃらに弾いていて、無茶苦茶な1年間でした(笑)。

YG:1年間のレッスンをクリアされて、念願のエレクトリックを買ってもらったわけですが、ジャズに興味を持ち出した切っ掛けは?

AI:その後もエレクトリックで同じ先生のレッスンを受け続けたんです。習い始めてから数年後、そういうロックの難しい曲が弾けるんだったらこういうのもあるよって、ビ・バップ・ジャズの創始者の1人でもあるアルト・サックスの巨匠チャーリー・パーカーのテープを手渡してくれたり、ジャズ系のテンション・コードや複雑なコード進行も教えてくれるようになって。それから中学の時に実はトランペットも始めたんです。学校ではコンサート・バンドっていうのがあって、日本だと吹奏楽部みたいなものでしょうか。たまにパーカッションやストリングス・セクションも入ったりするんですけど。そこで楽譜の読み書きを覚えたんです。今はトランペットはまったくと言っていいほど吹けないですけど(笑)。それとは別に、学校にジャズをプレイするビッグ・バンドのクラブもあって、そこに加入したんです。

YG:そこでもトランペットを吹いていたんですか?

AI:いいえ、ギターを弾く人がいなかったので、どうせやるならば、と。そこで徐々にジャズにも惹かれていったんです。

YG:影響を受けたギタリストは沢山いるでしょうけれど、中でも特に強く受けた人は?

AI:最初はジミ・ヘンドリックスです。ジャズだとウェス・モンゴメリーですね。彼のソロはよくコピーして練習しました。そのあとバークリー音楽大学に行ってからは、パット・メセニーとか、ジョン・スコフィールドとか、いろいろな人から影響を受けました。もちろんカート・ローゼンウィンケルとかも。

YG:アキラさんの音楽は自身のオリジナル曲が中心です。作曲する時はギターでやられるんですか、それともピアノを使ったりも?

AI:バークリー音楽大学では作曲や編曲のコースも受けていました。で、ビッグ・バンドのオーケストレーション・アレンジなどの授業では、先生からピアノを使ってやりなさいと指示があったので、大学時代はピアノで作曲をしてました。それが……卒業するちょっと前だったかな、ギターで作曲してみようと思ったんです。そもそもピアノは上手くないんで(笑)。結局、弾き慣れた楽器の方が、自心の中に沸いてくるイメージを的確に具現化出来る。事実、ギターで作った曲の方が、ピアノで作ったよりも良かったんですよね。

YG:ギターは、ピアノとまた違う独特の運指がありますからね。ただ、アキラさんの楽曲はいかにもギターで作ったという感じはしないですけど。あくまでも私の印象ですが、メロディー・ラインはどちらかというとサックスのホーンライクなイメージを受けます。

AI:たしかにウェイン・ショーターとかも大好きでした。あとカート・ローゼンウィンケルはギタリストとしてのみならず、彼の作曲も素晴らしいですから、彼のオリジナル曲はかなり参考にしましたね。

ジャズ系でもロック系でもいけるギターがデューセンバーグ

YG:ここからは新作『BON』についてお聞きします。まずはアルバムで使用したギターは?

AI:ドイツのギター・デザイナーのディエター・ゴルスドルフのブランド、デューセンバーグ・ギターズ(Duesenberg Guitars)のモデル“Starplayer”です。あとでオーヴァーダブでバッキングを何度も被せたりしていて、その時にフェンダーのストラトキャスターを1回か2回だけ使いましたけど、ほとんどデューセンバーグです。

YG:ライヴでも使っている黒いモデルですよね。

AI:ええ、これはセミ・ホロウ・ボディーなんです。なぜこのギターを使い始めたかというと、ニューヨークでは他にも仕事でいろいろな演奏をしているんです。もっとトラディショナルなジャズのギグだったり、ロックやフュージョンのバンドに入ってプレイしたり、たまにパーティーでシャンソン歌手の伴奏をしたり。それまではそういった様々な音楽に合わせてギターも変えていたんですけど、だんだんうんざりするようになって。それでジャズ系でもロック系でもいけるギターを長い間探していたところ、5年くらい前にデューセンバーグと出会ったんです。

YG:デューセンバーグに張っている弦は?

AI:[.010〜]のセットです。メーカーは最近変えたんです。えーと……

YG:もしかしてエリクサーですか?

AI:そうです、そうです。すごく良いでんすよね。

YG:弦がコーティングしてあるので、その分長持ちするのが売りですよね。

AI:でも価格が高めなので、使う前は本当かなと疑ってたんです(笑)。ある時試してみたら素晴らしかったんですよね。長持ちするだけじゃなくて、最も大切なトーンも非常に良くて。

YG:アンプは?

AI:今回はアンプは使ってなくて、フラクタル・オーディオ・システムズのギター・プロセッサー“Axe-Fx III Amp Modeler”を使ってます。そもそもパンデミックが始まってからスタジオでのレコーディング・セッションの仕事がことごとくなくなり、すべてオンラインでやるようになって、それで自宅で全部出来るように購入したんです。最近のテクノロジーはすごくて、それこそヴィンテージのフェンダーだったり、マーシャルだったり、実に多くのアンプのサウンドがシミュレートされていて、即座に引っ張り出せますからね。ですので、それぞれの曲にマッチするサウンドのアンプはどれか、今回も曲によってはマーシャルだったり、フェンダーの“Vibrolux”だったりを選んだんですが、その作業に時間がかかったりもしたんです。

YG:エフェクターは?

AI:同様です。“Axe-Fx III”に沢山内蔵されているので、わざわざペダルを何個もつなぐ必要もなく、オーヴァードライヴ系の歪みも含めてとにかくこれ1台で済んじゃうんですよ。

YG:アルバムの参加メンバーも素晴らしいですけれども、アキラさんが現在住まわれているニューヨークなどで、これまで共演して来られている人達が中心ですね。

AI:はい、ほとんどがそうですね。中でもベースのジム・ロバートソンとキーボードの加藤真亜沙さんはほとんどの曲で弾いてもらっていて、ドラムはジョン・ハットフィールドとデヴィン・コリンズがほぼ半分ずつ曲を分け合ってます。そこにトランペットの黒田卓也さんやテナー・サックスのクリス・ポッターなどをゲストでお迎えした格好です。

YG:ほとんどとおっしゃいましたが、そうじゃない人もいらっしゃるのですか?

AI:パーカッションの小川慶太さんは前から知り合いなんですけど、一度も共演したことはなくて。

YG:そうですか。小川さんはスナーキー・パピーのメンバーとして、グラミー賞を3回受賞されて、話題になったりもしました。

AI:今回はリモートなので演奏は別々でしたが、曲の中でご一緒するのは初めてでした。あとピアノのヘンリー・ヘイも、ちょっと記憶が曖昧なのですが、これまで一緒にプレイしたことはないと思いました。もしかすると1回くらいはあるかもですが、とにかくずっとリスペクトしていたので、「Monster」と「Bon」の2曲でソロを弾いてくださいとお願いしました。

AKIRA ISHIGURO