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「昔から変わらない僕の目標は、“ギター・ヒーローになる”ということなんです」森丘直樹/dps『カミカゼ』

「昔から変わらない僕の目標は、“ギター・ヒーローになる”ということなんです」森丘直樹/dps『カミカゼ』
インタビュー●坂東健太 Kenta Bando

4人組若手ロック・バンドdpsは、2017年の結成直後から短い期間で3枚のEPをリリースし、関西圏を中心に精力的にライヴ活動を行ないながらバンドの土台を築いて来た。そんなインディーズ期間を経て、2018年11月発表のシングル『タイムライン』にてメジャー・デビュー。この曲はTVアニメ『名探偵コナン』のオープニング・テーマとなっており、その縁でマーティ・フリードマンとのコラボレーションも実現。彼との混成バンドでポリフィアと共にアジア4カ所(香港、バンコク、シンガポール、マニラ)を廻るという、新人らしからぬ貴重な経験も血肉としてきた。

6月19日にリリースされた彼らの新たなEP『カミカゼ』は、そのマーティ・フリードマンと再びコラボした「あの頃は何もわからなかった (with Marty Friedman)」が大きな目玉…ではあるが、もちろんそれを抜きにしても明らかにスケール・アップしたバンド・サウンドは実に痛快だ。ギタリストの森丘直樹にはつい先頃、当ウェブサイトにてテック21のマルチ・エフェクターを試奏していただいたところだが、こちらでは新作について詳しく語っていただくことにしたい。

15歳ぐらいから自分の演奏をYouTubeで公開し始めた

YG:森丘さんには以前、『GUITAR BATTLE WORK SHOP』(2014年)というギター・インストのオムニバス作品がリリースされた時、本誌で少しだけお聞きしたことがありますが…。改めて詳しいバイオグラフィを話していただいていいですか? まずはギターを弾き始めたきっかけの辺りから。

森丘直樹(以下NM):父がロック好きだったので、自宅で常にKISSやレッド・ツェッペリンが流れているような環境だったんです。子供の頃はそれを漠然と、かっこいいなと思いながら聴いていました。それから小学校の3年生ぐらいになり、初めてKISSのライヴ映像を観たんですが、ステージで火を噴いたりするエンターテインメント性のあるパフォーマンスに大きなインパクトを受けて、「ロックってすごい!」と改めて思ったんです。それで父からCDを借りたり、KISSのベスト盤を自分で買ったり…。ある時から聴くだけじゃなく、自分でも弾いてみたいと思い始めまして、それが小学校6年生の頃でした。

YG:ということはやはり、最初にコピーしたのはKISS?

NM:そうです、最初にコピーしたのは「Love Gun」(1977年『LOVE GUN』収録)でした。その後、レンタル店のメタル特集コーナーでアイアン・メイデンやメガデスのアルバムを借り、順番にコピーしていくといった感じでしたね。

YG:初めて手にした本格的なギターは何だったのでしょう?

NM:アイバニーズ“GIO”シリーズの入門セットを中学校の入学祝いに買ってもらいました。ただ当時はサッカーもやっていて、そちらの方にのめりこんでいたんですよ。だから2年生の始めぐらいまではあまり触っていなかったんですが、夏頃から改めてギターを弾こう!と。その頃はソナタ・アークティカやANGRAといった、メロディック・メタルを聴いてコピーしていましたね。

YG:ギタリストとして影響を受けた人を挙げるなら、誰になりますか?

NM:SYUさんですね。ガルネリウスを初めて聴いたのが中学3年生なんですけど、それからもうずっとSYUさんのフレーズをコピーして、ヤング・ギターの付録DVDも何度も観て。父もギターをやっていたので、「これはこうピッキングしているんだね!」なんて話しながら一緒に練習するのが習慣になっていましたね。

YG:もともと楽器演奏に理解のある家庭だったわけですね。では森丘さんがミュージシャンになると決めた時も、ご両親に反対されるようなことはなかったわけですか?

NM:そうですね。僕が相当ギターにのめり込んでいたので、「どうせやるんだったら真剣にやってみなさい」と応援してもらえました。本当に一日中ギターを弾いていましたし、ある時から部活にも行かなくなったので、先輩も「どうせ今日もギターを弾くんだろ?」みたいな感じで(笑)。

YG:音楽の道を志したのは、高校を卒業してすぐ?

NM:そうです。15歳ぐらいから自分の演奏をYouTubeで公開し始めたんですが、その再生回数が順調に伸びていたので、これはいけるんじゃないか…と思ったんですよ。それこそSYUさんがヤング・ギターのDVDでやっていたデモンストレーションをコピーしたりしていました。実は当時の映像がまだYouTubeに残っているんですが、今観ると色々酷いというか…(笑)。

YG:貴重な映像なので、ぜひ残しておいてください! そこからプロとして活動し始めた経緯は?

NM:高校を卒業した後、専門学校ESPエンタテインメントの大阪校に入学しまして、その頃に自分で作った曲のデモCDを色んな方々に配っていたんです。学校の先生にも渡していたんですが、その先生がGIZA studioとつながりのある方で、そのご縁で入れていただけることになりました。

YG:現在のdpsにはどうつながっていくのでしょうか?

NM:GIZA studio所属のミュージシャンが長戸大幸プロデューサーのもとに集結し、質の高い作品を世に送り出す…といった趣旨の、“d-project”という企画が始まりまして。2016年に『d-project with ZARD』というアルバムが作られたんですが、その中の1曲で僕がアレンジを担当させていただいたんです。dpsのメンバーのうち、楽器隊の3人(森丘、ベースの安井剛志、ドラムの川村篤史)はそこで知り合ったんですよ。

YG:確か坂井泉水さんの生前の歌声を活かしながら、新しい形に編曲するという内容のアルバムでしたよね。駆け出しのミュージシャンとしては、かなり貴重な体験だったのでは?

NM:そうですね。プレッシャーがすごかったですし、名曲として確立されたものを自分がいじっていいのかという葛藤もあったんですが、せっかくだからできることをすべてやろうと。ギターもかなり弾いたので、長戸さんに気に入っていただくきっかけにもなりましたし。

YG:結成当初はどのような音楽性を目指していたのでしょう?

NM:ロックというのは最初から一貫していたんですが、かなり試行錯誤しながら方向性を探っていましたね。今の流行りに寄せるのか、それとも往年のエッセンスを汲むのか…。そういう期間がすごく長かったと思います。

YG:確かヴォーカルの木村(涼介)さんは、GIZA studio主催のコンテストを経て加入したんですよね?

NM:木村君はもともとバラードが得意なタイプで、あまりロックを聴いて来なかったんですよ。でも試しに歌ってもらったら良い声で、たたずまいもしっかりしているし、じゃあぜひ一緒にやりましょうということになりました。

dps - カミカゼ(初回盤)