昨年11月末に初のフル・アルバムをリリースしたSAHAJiのインタビューを、遅ればせながらここにお届けしよう。西田蕉太郎(vo, g)と西田曜志朗(g)という兄弟から成るこのバンドは2002年に結成されており、実は彼らが16歳と14歳の頃、ヤング・ギター本誌2007年6月号に“期待の新星”として登場したこともある。当時のことを知る記憶力の良い読者諸氏でも、まさか彼らが16年半後の2024年、UKチャートにランク・インする快挙を成し遂げるとは想像できなかったはず。そのランク・インした「Future In The Sky」は、なんと蕉太郎が14歳の頃に書いた曲だという。彼らにとって鍵となるこの曲も収められ、ザ・ビートルズやオアシスなど影響源となったUK風味もふんだんに封じ込められたアルバム『DON’T TOUCH MY SOUL』について、二人にたっぷりと語っていただいた。「兄がしゃべりまくって弟が穏やかにツッこむ」という、息の合った語りをお楽しみいただきたい。
バッチリ合ってしまったから「なんだよ!」と…
YG:SAHAJiが2024年にUKチャート入りした際、日本でも大きな話題になりましたが…それ以前にも活動自体は、長い間続けてきていたわけですよね?
蕉太郎:そうですね。ヤマハさんのレーベルに4年間お世話になって、その後は地元の富山へ帰って、10年間ぐらい地道に音楽活動を続けてました。
曜志朗:ラジオ番組とかもやらせてもらってたんだよね。
蕉太郎:そう、確か6年ぐらい。その間もずっと、どうすれば世の中にもう一度出られるか…って考え続けていた、そんな10年でしたね。
YG:地域密着型のミュージシャンを目指していたというわけではなく?
蕉太郎:全然。それが嫌で。
曜志朗:(笑)
蕉太郎:いや、当時はですよ。でも「俺たちはここだけに留まってるレベルじゃねえ!」って思ってたし、世の中にもっと出ていきたいと思ってました。特にイギリスにはずっと行きたいって思ってたんですけど…現実味がなかったですね。
曜志朗:ぼやっとした思いだけだったよね。
YG:なんでも、蕉太郎さんがリアム・ギャラガーのネブワース公演のチケットを取ったことが、英国でのデビューのきっかけとなったとのことですが。その辺り、おそらく何度も話してこられたと思いますが、改めて語っていただいてもいいでしょうか?
蕉太郎:5年ぐらい前のことなんですけど、音楽活動を続けていくに当たって「東京に出てきたら?」って言われていたんですよ。当時ちょうど、東京で今の奥さんに出会った頃だったというのもあって。で、俺がそうしようと決めたら、曜志朗が「ふざけんなよ!」って怒って。大きな喧嘩をするんですよね。
YG:それは、離れてしまうとSAHAJiとして活動できなくなるからという理由で?
蕉太郎:それもあったと思います。
曜志朗:そうですね。
蕉太郎:で、その喧嘩から1年間は2人とも連絡を取らずにいました。
曜志朗:うんうん。
蕉太郎:その後、俺はリアム・ギャラガーのチケットをゲットして。「イギリス行けるじゃん!」って思った頃、曜志朗から電話がかかってきたんですよ。「話をしたいからとりあえずお前、1回富山に戻って来い」って言われて…俺も仕方なく富山に帰って、2人で1年ぶりぐらいに会ったんです。
YG:もう一度ちゃんとSAHAJiをやろうと。
蕉太郎:そうです。で、2人で演奏を合わせたら、もう…なんていうの?
曜志朗:ブランク。
蕉太郎:そう、もしかしたらブランクがあってダメになっているんじゃないかと思ったら、全くそんなことなかったんですよ。1年間も一緒に活動してなかったわけだし…その方がストーリー的にもいいじゃないですか。そこからもう一度這い上がっていく方が、劇的かなって。でもバッチリ合ってしまったから「なんだよ!」と思ったけど(笑)、これが俺たちの絆というか、グルーヴなんだなって再認識して。
曜志朗:エネルギーがね。
蕉太郎:そう、ちゃんと合ってるんだなって。1年間離れていてもパッと合うっていうのは普通じゃないと思ったので、もう1回ちゃんとやろうと。で、「今度イギリスに行くんだけど、お前も来たらどうだ?」って言ったら、曜志朗は「でもお金かかるしな…」とかいうわけですよ。
曜志朗:いや、半端な額じゃないからさ。
蕉太郎:もちろんお金はかかるんですけど、「それぐらいどうにかしろよ!」って。
曜志朗:で、実際になんとか工面して、行ったんだよね。
蕉太郎:まあ曜志朗はリアムのライヴは観れなかったんですけど。
曜志朗:チケットがなかったから。
蕉太郎:そう。でもその後に…ノエル・ギャラガーがプロデュースしてる、アンドリュー・クシンっていうアーティストがイギリスにいるんですよ。日本じゃまだ全然無名なんですけど、彼とはSNSとつながってたから、俺がアンドリューに連絡して…「今度ノエルのサポートやるよね? それ、観に行きたいんだけど」ってお願いして。
YG:2人分のチケットを用意してもらったわけですね。
蕉太郎:そう、それで行ったんです。で、ライヴを観て、アンドリューにあいさつしていったん別れたんですけど、夜に彼から連絡があって「今、飲んでるから来いよ」って言われて。俺は図々しいから(笑)、一応ギターを持って会いに行くんです。
YG:彼とSNSでつながっていたのは、どういうきっかけで?
蕉太郎:何故か偶然、俺たちのこと見つけてくれたんですよね。「Thousand Times」と「Tell Me All Your Feelings」っていう曲を、Facebookにアップしていたのかな。彼はそれを素晴らしいって言ってくれて。
YG:今回のアルバムにも入っていますね。別ヴァージョンということですか?
蕉太郎:そう、別ヴァージョン。そういうことがあったんで、一応俺はギターを持って行ったんです。実際に「なんか1曲やれよ」って言われたから、「Tell Me」をやったんだよね?
曜志朗:そう。
蕉太郎:それも反応は良かったんだけど、次に「Future In The Sky」を演奏したら、急に彼の目の色が変わり始めて。最初は笑ってたのに、急にスマホを取り出して、映像を撮り始めたんです。「あ…こいつビビってるな」って思いました(笑)。というかグッときてくれたんだなって、俺自身も感じて。で、歌い終わったら「なんだこの曲は!」って言ったんで、「14歳の時に作った曲なんだ」って返したら、「俺の10月のUKツアーに来いよ。最終公演のニューカッスルで、オープニング・アクトをやってくれ」って。
YG:急展開ですね。
蕉太郎:俺もその時にもう「ここだ!」と思って、日本に戻った後、イギリスでのライヴ向けて着々と準備して。それである時SNSを見てたら、今回のアルバムのプロデュースをすることになるニック・ブラインが、たまたま俺たちをフォローしてくれてたんです。
YG:それは別に、アンドリューさんから聞いたからというわけではなく?
蕉太郎:ではなく、たまたまだと思います。だから俺、すぐ彼に「10月にイギリスに行くから会ってくれ!」ってDMしたら、「ロックフィールド・スタジオでレコーディングしてるから、いつでも来い」って。本当に来れんのか…?みたいな感じではあったんですけど。
YG:ほぼ地球の裏側ですもんね。
蕉太郎:そうですよね。でも何回か連絡した後、急に途切れちゃったんです。どうしようと思ったけど、とりあえずもう10月にロンドンに着いてしまって…「アンドリューのライヴが1週間後にあるから、その後に時間をくれ」って改めてニックに送ったら、やっと返事が来て「じゃあ1時間だけ取るから」って。その後、ライヴを無事成功させて…ロックフィールド・スタジオまで4時間かけて行くことになるんです。でも最初、曜志朗は全然やる気にならないんですよ。
曜志朗:(笑)
蕉太郎:兄貴が「チャンスだ!」って大騒ぎしてるのに、曜志朗はホテルにギターを置いてくような感じで。
曜志朗:だって、演奏させてくれるかなんて分かんないのに。ただ会って終わり、みたいになるだろうって。
蕉太郎:俺もそうなる可能性はあると思ってたけどさ。実際、行ったらニックも「本当に来たのか!」って(笑)。それで「わかった、スタジオの中を案内してやる」って言ってもらって、クイーンが「Bohemian Rhapsody」(1975年『A NIGHT AT THE OPERA』収録)を録ったレコーディング・スタジオを見せてもらったり、フレディが作曲したピアノを弾かせてもらったり…。で、ニックが「ビールでも飲むか」って言うんだけど、「いやいや、俺ギター持って来てるんだから、とりあえず1曲聴いてほしい」って、強引に聴いてもらったんです。曜志朗にはスタジオにあったエレキを1本貸してもらって。それで「Future In The Sky」を演奏したら、ニックも目の色を変えるんですよ。で、「ニック、レーベルやってるよね? そのレーベルで一緒に仕事したい、っていうか俺たちをイギリスでデビューさせてほしい」って言ったら、すぐに契約が決まるんです。
YG:なんというか、すごい話ですね!
蕉太郎:嘘みたいな話というか、作り話みたいなんですけど、本当なんですよね。
YG:行動力のある人間がチャンスを勝ち取るっていう、お手本のような。
曜志朗:そうですよね。
蕉太郎:もう俺、それだけで勝ち取ってきましたから、全部。
曜志朗:だって普通、伝手もなく日本からロックフィールドまで行くなんて、考えないですよ。可能性なんて全く感じてなかったから。
蕉太郎:俺、1パーセントでも可能性があるって思ったら、行くタイプなんで。
曜志朗:でもまあ俺も心の中では、曲を聴いてもらったら何かいい反応はあるだろうって思ってたけどね。
蕉太郎:お前またそんな…!(笑) まあそんな具合にニックと話を進めて、「次はいつ来るんだ」っていうから「12月!」って答えて。早い方がいいじゃないですか、嘘八百でもいいから。いや、本当に来られるかどうか分からないけど、約束しておかないと形にならないと思ったので。まあ結果的には、2023年の4月までズレ込むんですけどね。その間も連絡を取り合って、曲のアイデアをいっぱい送って…。
YG:ロックフィールド・スタジオのことを少し調べてみたんですが、ものすごい田舎の農場みたいなところですよね?
蕉太郎:そう、やばいです。他に何もない。
曜志朗:「ここにスタジオあるの?」って思うぐらい。
蕉太郎:でもね、ブラック・サバスもレッド・ツェッペリンも…あそこからハード・ロックが生まれたって言われてるから。
曜志朗:オアシスもそうだし。ザ・ヴァーヴとかもそうだっけ。
蕉太郎:クイーンもね。
YG:ざっくりした質問で申し訳ないんですが、もう少しロックフィールドについての感想をいただいてもいいですか? スタジオの中の使い心地とか。
蕉太郎:もう、本当に、何て言えばいいんだろう…オアシスは「Wonderwall」(1995年『MORNING GLORY』収録)のリズム・ギターを、外で録ったそうなんですよね。壁の上に立って、マイクを置いて…。
曜志朗:スタジオの中じゃないんだよね。
蕉太郎:だからみんな“Wonderwall Wall”って言ってるんですけど。
曜志朗:あ、でも僕ら自身は、ロックフィールドではアルバムの録りをやってないんですよ。
蕉太郎:そう、ミックスはやりましたけど。
YG:つまりレコーディングに関しては、日本で録ってデータを送る形ですか?
曜志朗:いや、ニックが持っている別のスタジオがあるんですよ。同じウェールズに。
蕉太郎:ロックフィールド系列のスタジオではあるんですけど。
YG:なるほど、ニックさん的にそちらの方がいいという判断だったんですね。
蕉太郎:そうですね。あと…ロックフィールドってめちゃくちゃ高いんですよ(笑)。でも次のアルバムでは、ロックフィールドでも何曲か録りたいと思ってるんですけどね。
曜志朗:今回のアルバムに関しては、そのウェールズのスタジオと、あとスペイン。
蕉太郎:そう、ニックが普段はスペインに住んでるんですよ。仕事がある時だけウェールズにいるという。
曜志朗:スペインにもニックの音楽仲間がいるんだよね。そのスタジオで録ったんです。
蕉太郎:だから日本では録ってないですね、一切。デモはもちろん日本から送りましたけど。
クーラ・シェイカーとかジョージ・ハリスンとか、そういう音にしたいと思って
YG:先ほど「Future In The Sky」を14歳の時に書いたという話がありましたが、他にもかなり初期に書いた曲がアルバムには入っているんですよね?
蕉太郎:そうです、「I’m Gonna Be A Rock ‘N’ Roll Star」なんかもけっこう最初の方に書いた曲。その2曲は同じ日に書いたんで。
曜志朗:同じ日なんだ(笑)。
蕉太郎:そう、覚えてる。
YG:1日で2曲って、量産ペースがすごいですね。
蕉太郎:14~15歳の時は、1日に3~4曲書いてました。あの時は本当に、湧き出るように曲が出ていたから。
YG:2007年6月号のインタビューを読ませていただくと、当時既に200曲ぐらいオリジナル曲があるとおっしゃっていたんですよね。
蕉太郎:ありましたね。年間100曲ぐらい書いてたんで…今は3000曲ぐらいあると思います。覚えてないものもありますけど、実家に行けばカセットテープが山ほど残ってるんで。
曜志朗:「こんな曲あったっけ?」みたいな。
蕉太郎:そういうこともしょっちゅうあるから、これから整理したいと思ってます。でも、ここ何日かの間でも何曲か書いてるから…もう100曲以上ニックに送ってるんですよ。
曜志朗:そんなに送ってもしょうがないよ(笑)。
YG:例えば、1stアルバム用に新しく書いた曲というのは?
蕉太郎:アルバム用にと思って書いたものはないんですけど、ここに入っている一番新しい曲は、2024年です。「You Know The Rain」とか。本当に幼い頃から、「こういう並びでアルバムを作りたいな」ってイメージしてきたんで、その通りになったかなって思ってます。
YG:では改めて、1曲ずつお二人のコメントをいただけますか? 1曲目「Don’t Touch My Soul」から。
蕉太郎:これも14歳の時に作った曲で…最後の終わり方なんて、もうめちゃくちゃニルヴァーナじゃん、みたいな。
曜志朗:かなりグランジ要素がありますよね。
蕉太郎:曜志朗はすごくカート・コバーンが好きで、ムスタングを使ってた時期もあるんですよ。こういうオープンなギター・サウンドって、俺たちらしいテイストだよね?
曜志朗:そうだよね。
YG:確かに、すごく’90年代っぽいニュアンスを感じました。
蕉太郎:本当は「Bohemian Rhapsody」みたいにどんどん場面が変わっていく曲にしたかったんですけど、ニックに聴かせたら「こことここのパーツを合わせて、これで1曲だ」って…かなりコンパクトになりました。最初はすごく違和感あったんですよ。“Hello and nice to meet you~♪”っていうサビの部分も、本来は最後に来るパートだったんですけどね。再構築して1曲になった感じです。
YG:わりとがっつり介入するタイプのプロデューサーなんですね、ニックさんは。
蕉太郎:そうですね。「こことここは必要ない」って。
曜志朗:でもアーティストの良さを絶対壊さない人なので、全然いいんですよね。
YG:まあ客観的に見るからこそ、必要な部分と不必要な部分がわかるということでしょうし。
蕉太郎:そう、こんなにコンパクトにできるんだって思いました。
YG:ただ、エンディングにちょっとひと展開あるじゃないですか。あそこに片鱗を感じましたね、プログレっぽさの名残を。
蕉太郎:それはありますね。ドラムもけっこうそういう感じだし。
YG:そして2曲目「I Am Here」。
蕉太郎:これはもろにビートルズ的。
YG:「I Am The Walrus」(1967年『MAGICAL MYSTERY TOUR』収録)のような?
蕉太郎:まあ狙ってはいないんですけど。
曜志朗:リードのサウンドがこう、’70年代とか’60年代の後半みたいな感じじゃない?
蕉太郎:ギター・サウンドは全然ビートルズじゃないよね。
曜志朗:うん。全体的にはビートルズっぽいかもしれないけど、リードはちょっとこう、なんというか…。
蕉太郎:(ガンズ・アンド・ローゼズの)スラッシュとか?
曜志朗:いやいや、もっと古いイメージ。ニックもそういう風に音作りしたんですよ。ミドルの強い、’60年代後半から’70年代のような雰囲気に。
YG:僕はインタビュー用の試聴メモに「壊れたファズ感」と書いてます。
曜志朗:壊れたファズ(笑)。
蕉太郎:でもすごく分かります。いい表現。
YG:というのも…ストリングス・アレンジが印象的な曲じゃないですか。そこにこういう音を合わせるという発想が、すごく面白いと思いまして。
蕉太郎:ストリングスは最初は入ってなかったんですよ。でもニックに、「この日にストリングスをレコーディングするつもりだけど、どうしたい?」って聞かれて。「I Am Here」に入れちゃったら、もろビートルズになるだろうな…とは思ったんですけどね。俺、ストリングがすごく好きなんで、こういうロックな曲にでもあった方がいいなと思って。
YG:ストリングス・アレンジ担当の方が、また別でいらっしゃったわけですか?
蕉太郎:いました。ニックともう1人、鍵盤も弾く方が。
曜志朗:ニックってストリングスを入れる前に、多分もう完成形が見えてたんだろうね。
蕉太郎:それがプロデューサーなんだろうね。俺たちには全然見えてなかったから。
YG:ニックさんはアレンジャーとしても、すごく有能な方なんですね。
蕉太郎:本当にそうですね。
曜志朗:もともとはエンジニアなんですけどね。
YG:そして3曲目「Stay Around」。冒頭2曲はロックでしたが、急にさわやかなポップスが登場します。
蕉太郎:そうですね。いつも応援してくださるROLLYさんに今回のアルバムを送ったら、「チープ・トリックだね」って。’90年代のブリティッシュ・ポップっぽさもあるけど、これはむしろアメリカンですね。自分たちのさわやかなところが出ました。(曜志朗に)…俺、言われるまでビートルズっぽいとは思わなかった。
曜志朗:いや、かなりビートルズだけどね、これも。
蕉太郎:「Please Please Me」(1963年『PLEASE PLEASE ME』収録)みたいだねって、ファンの方がコメントで書いていて。俺は「そんなわけねえじゃん!」と思ったんですけど、改めて聴いてみたら、なるほどなって(笑)。
曜志朗:いやいや、すごく「Please Please Me」を感じるよ。わかるわかる。
蕉太郎:もともとはステレオフォニックスの「Dakota」(2005年『LANGUAGE. SEX. VIOLENCE. OTHER?』収録)っぽいサウンドにしたかったんですよ。でも実際はもっとポップな感じになりました。
YG:そして4曲目「Future In The Sky」。
蕉太郎:これはイギリスで録りました。本当に暗い、雲がどんよりしていて雨が降ってるようなイメージ。
曜志朗:そんな、雨が降ってるようなイメージはないけどね。
蕉太郎:話、合わないね~(笑)。イギリスを感じさせる曲じゃん。
曜志朗:いや、それは感じるけど。でもどっちかというと、前向きな曲でしょ?
蕉太郎:もちろんもちろん。前向きだけど、物悲しさもあると思う。まあでも、当時14歳なんで何にも考えずに書いてると思うけど。
曜志朗:こういうギターのハーモニーから始まる曲ってあんまりないよね。ファンの人もそれがすごく印象的だって。
YG:音を聴いたら「あ、あの曲だ」と?
曜志朗:よく言われますね。
蕉太郎:そこはでも、あんまり意識してなかった。
曜志朗:いや、なるほどなと思うよ。
YG:次は5曲目「Fade-In」。
蕉太郎:これは俺、アルバムの中でも一番好きで。
YG:私のメモには「どちらかというとボン・ジョヴィ風、US系」と書いてあります(笑)。
蕉太郎:それ、ちょっと意外かも。
曜志朗:意外。でもなんかわかる気も。
YG:UK系ではないな…と思いました。
蕉太郎:なるほど、嬉しいですね。これもストリングスが入っている曲で…。
曜志朗:ドラムが入ってない曲だよね。
蕉太郎:なんて言うんですかね、ディズニーランドにいるような感覚。ニックにはそういう風にしてほしいなんて言ってないんですけど、「ザ・バラードです!」というアレンジにしてくれました。SAHAJiの中での「Yesterday」(ザ・ビートルズ/1965年『HELP!』収録)みたいな。アコースティック・ギターとちょっとしたエレクトリック・ギターと、あとストリングスで聴かせるような曲にしたかったんで。
YG:コーラスの部分には若干、クイーンが香る感じも。
蕉太郎:どんどんハモリを録って、けっこうな数を入れてますからね。10本とか平気で。
曜志朗:エレクトリック・ギターはわりと古めかしい、ウーマン・トーンというか。トーンを絞ってワウ・ペダルを使って…そういう感じです。
YG:確かに、フロント・ピックアップの良いリード・サウンドが聴けますね。
曜志朗:そう、フロントで…フェンダー・テレキャスターなんですけど、確かハムバッカーだったと思います。
蕉太郎:俺は本当は、オート・ワウにしたかったんだよね。
曜志朗:柔らかい感じのね。
蕉太郎:そう、だけどスタジオになかったから、普通のワウでいいや…って。でも結果的には良かったと思います。
YG:6曲目は新しめの曲「You Know The Rain」。
蕉太郎:そう、33歳の時に書いた曲だったかな。SAHAJiってバンド名はインドのサンスクリット語で“自然に育つ”って意味なんですけど、この曲もちょっとインドっぽいというか、ヒッピーっぽいというか。クーラ・シェイカーとかジョージ・ハリスンとか、そういう音にしたいと思って。
曜志朗:ほら、スライド入れたでしょ? あれがジョージ・ハリスンっぽいよね。
蕉太郎:スライド、難しかった?
曜志朗:超難しかった(笑)。
蕉太郎:スライドって得意な人は得意だけど、嫌がる人が多いじゃないですか。
曜志朗:指弾きとスライドの両方が入ってるんだよね。
蕉太郎:そうそう、混ぜてるんだよね。あとはシタールっぽい音を入れたり、クラップを入れたり…色々な音が入ってます。
YG:なるほど、シタールのイメージだったんですね。独特の持続音が曲中にうっすらと入っていて…音程で言うとG(ソ)の音が延々と鳴っているんですよね。
蕉太郎:そうです。ニックが作業中になんかやってたんですよ。で、聴いてみたらさっきと雰囲気が違うな…と。思いついたことをその場ですぐに試してみてるんでしょうけど、そういう場面はよくありました。タブラみたいな音も入ってるし。
YG:あとこの曲、エンディングで一瞬「Come Together」(ザ・ビートルズ/1969年『ABBEY ROAD』収録)が出てきませんか?(笑)
蕉太郎:そうですね(笑)。ベースは俺が全部弾いてるんですけど、この曲ではリッケンバッカーみたいな音がほしかったから…。
YG:サステインが短くてボンボン言う感じですか?
蕉太郎:そうです、そうです。
曜志朗:スポンジで無理やりミュートして。
蕉太郎:そう(笑)。リッケンバッカーはブリッジにミュート機能が付いてるけど、スタジオにあったベースにはなかったから。しかもそのベースのアウトプット・ジャックの調子が悪かったから、曜志朗にノイズが鳴らないよう手で固定させて(笑)。そういうのも「楽しんでやろうぜ」みたいなノリなんですよね。
YG:いいですね。別にロックフィールドは、お金のないスタジオというわけじゃないですよね?
蕉太郎:全然そんなことないです。でもその場にあるもので全部やっちゃえ、みたいなところがあるので。
曜志朗:ニックもある意味、こだわりがないから。
YG:そして7曲目「Hello Liam」。
蕉太郎:これはスペインで録ったかな。別にリアム・ギャラガーのことじゃないんですよ。人の名前にしたいなと思って作った曲ではあるんですけど。
YG:なるほど。歌詞に一番乗りやすかったということですか。
蕉太郎:そうです。まあ、俺が書くんだからリアムかな…っていうのはありましたけど。
YG:“リアム・ギャラガー好き好きソング”なんだと思ってました。ほとんどラブ・ソングのノリというか。
蕉太郎:いやいや、そんな。
YG:ただそう言いながらも、オアシスっぽい言葉が歌詞の中にいくつも入ってますよね。
蕉太郎:そう、それは後付けで上手く乗るように入れた感じです。




